第17話 彼女達の求めるもの

 ――四月二十一日、日曜日。

 バスを利用して西東京いこいの森公園に赴いた。

 ふたりは相変わらずライバル心むき出しで、どちらが褒めてもらえるか言い争っていた。だが、目的地の西東京いこいの森公園に着いた途端言い争いは終わり、僕の手を引っ張ってベストスポット探りに没頭。およそ十分間探し回る羽目になった。


 そして、現在。

 日影が大きい木の下でピクニックシートを広げ、ピクニック開始となった。


 「海斗、お茶飲む?」

 「うん、一杯もらおうかな」

 

 コップにお茶を入れて差し出してきた。

 音羽はこういうところが気が利く。だから、僕は好きだ。


 「良い天気ですね。風が少し強いですが、冷たくて心地良いです」

 「そうだね。でも、走り回ったらすぐに汗を掻きそう」

 

 現在の気温は二十六度。走り回ったら少し汗ばむくらいだ。でも、お昼までぼーっとするのはどうなんだろう。一応、読書するつもりで本を持ってきたけど、ふたりを放って読書をするのは如何なものか。

 うーん……、どうしよう。


 「海斗、お昼までどうする?」

 「読書しようと思っているんだけど、ふたりは何か持ってきている?」

 「私は何も」

 「そうか……。なら、お喋りしよう」


 お喋りをするには話題が必要だよな。ふたりの共通する話題……、まずはお弁当か。


 「ねえ、今日の弁当はどんなおかずを入れてきたの?」

 「気になる? 私は海斗の大好きなものばかり入れてきたよ」

 「アレクシアさんは?」

 

 ちょっとムスッとしている。だが、すぐに気を取り直して発言に移った。

 

 「私は栄養価の高いものを入れました」

 「アレクシアさん、日本の家庭料理はどれくらい覚えた?」

 「郁さんから五種類ほど教えてもらいました」

 「そんなに覚えたの? 凄いね」


 アレクシアさんの進歩にはつくづく驚かされる。でも、音羽が悔しそうにしているのは何故なんだ。お母さんが側にいるから、そうなるのは当たり前なのに。

 やはり、彼女になりたいのかな。

 

 「あの、海斗さん」

 「何?」

 「唐突なのですが、海斗さんは大学に受かるまで恋人は作らないのですか?」

 「うん……、そうだよ」

 「では、受かったらどうなるのですか?」

 

 受かっても彼女はしばらく作らないだろうな。なんせ、勉強量が桁違いだし、学ばなければならないことが山ほどある。恋愛に夢中になる時間があるのか?


 「受かってもしばらく無理かも。だって、勉強しないとついていけないし」

 「そうですか……」


 シュンとなってしまった。でも、事実だから仕方がない。


 「アレクシアさん、医大ってそんなに甘くないから無理だよ」

 「……高梨さんは何か秘策があるんですか?」

 「秘策? あるけど、教えない」


 秘策? 何のことだ?


 「音羽、秘策って?」

 「海斗と上手く付き合う策だよ」

 「あー、なるほど」


 ふたりだけ分かり合っているのが嫌なのか、アレクシアさんがムスッとした。これは可愛らしい拗ね方だ。


 「アレクシアさん」

 「はっ、はい!」

 「僕は基本束縛されるのが嫌いだから、適度な距離を取ってもらえると助かる」

 

 アレクシアさんの表情がパーッと明るくなった。


 「はい、分かりました!」

 

 にこにこしちゃって。こっちまで口元が緩んでしまう。やっぱり可愛いな。


 「海斗、何で教えたの?」

 「え? 不公平は駄目でしょ」

 「それはそうだけど」


 音羽が複雑な表情を浮かべている。こうでもしないと雰囲気が悪くなるから仕方がなかったんだ。ごめん、音羽。


 「……本当、海斗は優しいんだから」

 「ん? 何か言った?」

 「何も言っていないよ。それより、お喋りばかりしていたら喉が渇くよ。三人でゴロゴロしよう」

 「え? ここで?」

 「横になって自然の音を聞くのも悪くないよ。さあ、横になって」


 言われた通り、横になって空を眺める。

 うん、悪くない。

 

 「気持ちが良いですね」

 「うん」


 ん? ふたりがこっちを見ている。


 「海斗」

 「なっ、何?」

 

 顔に熱が。ヤバい。


 「ずっと三人で過ごせたら楽しいかもしれないよ」

 「ずっとは無理じゃないの?」

 「海斗はどちらの手を取る? 私? それとも、アレクシアさん?」

 「それは…………」

 「海斗のことだから二股は掛けないよね。でも、それって残酷なことだよ」


 してやられた。僕の心を見抜かれた。


 「そうだね。残酷なことだ」 

 「だから、ずっと親友でいようと言ったんだよね。私には分かるよ」

  

 親友でいれば、ずっと三人一緒にいられる。そう思った。だけど、現実は違う。どちらかを選ばないといけない。それは実に残酷だ。


 「海斗さんは本当に優しいです。だから、好きなんです」

 「私も」


 ふたりが起き上がった。

 現実は怖い。


 「ふたりは頭が良いね。正解だよ」

 「どう? 見直した?」

 「うん、凄く見直した」


 起き上がって頭を抱えた。

 なんて頭の良さだ。先を見透かしているようだ。


 「音羽。僕は勉強だけじゃなく、ふたりのことも大事だと思っているよ」

 「分かっているよ。でも、まだ始まったばかりじゃない」

 「……そうだね。まだ始まったばかりだ」


 出会ってまだ半月も経っていない。考える時間は充分にある。


 「そうですよ。まだ時間はあります」

 

 時間か。でも、あと二年しかない。


 「あのさ、ふたりは僕に何を求めているの?」

 「それは……、ずばり愛です」

 「ですよね。すみません」


 ふたりとも、求めるものは同じ。なら、時間を有意義に使わなければ。


 「ねえ、お弁当食べない?」

 「もう食べるの?」

 「色々見て回りたいんだ。三人で」

 「それじゃあ、食べる?」

 「うん!」


 音羽のお弁当もアレクシアさんのお弁当も最高傑作で、僕の好きなものばかり入っている。よし、食べるぞ!


 「頂きます!」

 「どうぞ、召し上がれ」


 僕はふたりのお弁当を交互に食べ、美味しさに浸った。

 

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