第16話 彼女は僕を裏切らない
アレクシアさんを自宅に残し、音羽を送ることになった。
僕の考えでは、音羽は裏切らないと思っている。元許嫁であっても昔と変わらない付き合いをしているし、進展だってできないことはない。でも、アレクシアさんという強敵がいるから上手く行動に移せないでいる。
やはり、アレクシアさんは曲者だ。
「また考え事している」
「え?」
「何を考えていたの? アレクシアさんのこと?」
「いや、音羽のことだよ」
「え? 私のこと!?」
意外だったのか、とても驚いている。
僕、そんなに意外なことを言ったか? もしかして、何も考えていないと思われていた?
そんなことないって!
「何驚いているの? そんなに意外だった?」
「いや、そんなことはないよ。ただ、海斗が私のことを考えてくれていたから嬉しくて……」
「そうなんだ。僕だって音羽のことを考えることはあるよ」
「そう? ありがとう」
なんかデレデレだな。こっちまで恥ずかしくなる。
「ねえ、私のことが気になる?」
「うん、とっても」
「そう……。もし良かったら付き合おうよ」
音羽がこんなに顔を真っ赤にして誘ってきたことがあっただろうか。それだけ焦っているのかもしれない。でも、交際は……。
「ごめん。医学部に受かりたいから交際はまだ無理かな」
「そうだよね。ごめんなさい」
急にシュンとなった。反応がいちいち可愛いな。襲ってやりたい。
「ねえ、音羽は僕のことが好きなんだよね。どんなところが良いと思っているの?」
「目標に向かってひたすら頑張っているところかな。あと、諦めが悪いところとかも」
「最初は良かったけど、諦めが悪いのは褒めているの?」
「さあ、どうでしょう」
背中を見せてにこっと笑った姿が愛おしい。その姿が脳裏に焼き付いているのが分かる。もしかしたら、音羽に恋をしてしまったのかもしれない。
でも――――。
「音羽」
何故か分からないけど、涙を流してしまった。裏切ることなく、僕と心を通わそうとしている姿に感動を覚え、嬉しさのあまり涙腺が緩んだ。
僕はなんて幸せ者なんだ。
「海斗、どうしたの!?」
「ごめん。音羽。本当にごめん」
僕は…………、最低だ。
「ごめんって、何もされていないよ」
「しているよ。音羽を縛り付けて自由にさせないようにしている」
音羽が後退りした。もしかして、分かっていた?
「海斗、誤解しないで。私は自分がやりたいようにしているよ」
「え? そうなの?」
「そうよ。海斗に縛られているなんて思っていない。むしろ、私が海斗を束縛しているの」
僕を束縛している。どうやって?
「どうやって僕を束縛しているの? そんなふうに思えないんだけど」
「君の心を独占しようとしているよ」
音羽が突然、僕の目の前に立った。
そして――――。
「……」
「……音羽」
唇を交わした。音羽は本気だ。
「これで分かった?」
「……うん」
照れながら笑っている。なんて屈託のない笑顔なんだ。可愛い。
「海斗、行こう」
「うん」
音羽に手を引かれながら、僕は彼女の家に向かった。
*
音羽の家に辿り着いた。室内は静寂に包まれていて、ひっそりとしている。そこに一歩、音羽が入る。すると、たちまち明るく賑やかな室内に変貌した。
「海斗、送ってくれてありがとう。明日は八時に来ればいいよね?」
「うん、そうだよ」
「ちょっと上がっていく? お茶出すよ」
「それじゃあ、少しお茶をもらおうかな」
居間の座布団に座って窓からの景色を眺める。
もうそろそろ夕方になるな。
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
キンキンに冷えた麦茶。のど越しが良い。
「はあ~、生き返った」
「そんなに美味しかった?」
「うん、凄く美味しいよ」
「それじゃあ、おかわり持ってくるね」
冷水ポットごと持ってきた。でも、次の一杯でやめよう。お腹を壊しそうだ。
「ねえ」
「何?」
「海斗はどうしてそんなに医者になりたいの?」
「多くの人を助けたいからだよ。僕らしくね」
「僕らしく。良いね」
愛おしい目で僕を見つめている。これから先、何があってもおかしくない。だけど、一線を越えることはない。だって、そんなことをしたら僕の夢が終わってしまうから。
「音羽、どうしたの? 顔が赤いよ」
「ねえ、またキスしたい」
「え?」
音羽がいきなり動いた。その瞬間、ゆっくりと押し倒され、唇を強引に奪われた。
「ちょっ、音羽!」
「ごめんなさい。我慢できないの」
なんて強引なディープキス。舌を絡めてきている。これはヤバい。
「……音羽、駄目だって」
「何で? 昔はよくしていたじゃない」
「それはそうだけど……」
何度も舌を絡め合い、お互いの興奮を高める。でも、これ以上したら……。
「ごめん。今日はこれくらいにして」
「……分かった」
素直にやめてくれた。あ~、危なかった。
「音羽の気持ち、凄く分かったよ」
「そう? またしようね」
上半身を起こし、麦茶を一気飲みする。今日はこれくらいでおいとましよう。
「それじゃあ、今日はこの辺で」
「うん、またね」
凄く幸せそうな顔で手を振っている。
ヤバい。また興奮してきた。
「またね」
ゆっくりと玄関のドアを閉め、その場を離れた。
「ヤバかったぁ」
唇を抑えながら興奮を抑え、一目散に歩いた。
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