第14話 我慢の限界

 自宅に到着し、リビングで勉強会をすることになった。だが、ふたりの様子が明らかに変で落ち着きがない。

 一体どうしたっていうんだ。


 「ねえ、海斗」

 「何?」


 音羽がモジモジしながら第一声を発した。


 「私、もう我慢できないの」

 「何を?」

 

 我慢ができない。まさか……。


 「親友でいようって言ったけど、我慢できないの。だから、親友じゃなくて恋人でいさせて」

 

 アレクシアさんも頷いている。だけど、ふたりを恋人にすることはできない。何故なら、ふたりを恋人にすると二股をかけていると言われるからだ。どちらか、ひとりなら良いんだけど……。


 「高梨さん。私も同じ気持ちです。ですが、ひとりしか恋人になれませんよ」

 「何で?」

 「海斗さんならこう言います。『二股は掛けたくないから、ひとりだけならオーケーだよ』、と」


 二股は合っているけど、オーケーを出すとは言っていない。アレクシアさんも何を言っているんだ。

 

 「海斗、どっちが好きなの?」

 

 いきなり究極の選択を迫ってくるとは、音羽も人が悪い。選べと言われても選べない。だが、ふたりは私を選んでと思っている。どうすればいいんだ。


 「えーっと……」

 「私と結婚したら毎日料理を作るし、お世話するよ」

 

 音羽がニヤニヤしている。お世話って……。


 「私も結婚したら色んなことをしてあげますよ」

 「色んなことって?」

 「そっ、それは…………」


 何で夜の営みを主張するんだよ、このふたりは。顔を真っ赤にしている当たり、そう考えているのは当たりだろう。

 それより、何で結婚の話をしているんだ? 急展開過ぎる。


 「あの」

 「何?」

 「その話は今決めないといけないの?」

 

 結婚については、今決めることじゃない。じっくり考えて決めたい。


 「今じゃなくていいよ。高校卒業するまでに決めて」

 「もし決まったらどうなるの?」

 「選ばれなかった人は身を引いて終わり、かな」

 

 関係を断つなんて嫌だ。そんなことは絶対認めない。

 

 「それは嫌だ。たとえ、選ばなかったとしても仲良くしたい」

 「それでいいですよ。私達は単に恋人の座が欲しいだけですから」


 恋人の座か。今決めるのは無理だ。


 「どちらかを恋人に選ぶのは、今は無理だよ」

 「そうだよね。でも、私達はこれから君にアピールしていくよ。自然な流れで恋人なったらいいよね?」

 「自然な流れで恋人になるのは良いよ」

 「なら、決まりね」


 これから、ふたりのアピールが始まるのか。モブの僕がこれほどまでにモテることがあっただろうか。奇跡と言っても過言ではない。

 

 「さて、話も終わったし、勉強しよう」

 「うん」


 取り敢えず、宿題を片付けるか。予習と復習はそれからだ。


 「海斗、これからもよろしくね」

 「うん」


 僕は頭を切り替えて、宿題に取り組んだ。




                    *




 夕方になる一刻前。音羽が帰ることになった。

 

 「海斗、また明日ね」

 「うん。気を付けて帰ってね」


 音羽が帰って早々、アレクシアさんがエプロンを身に着けた。

 

 もしかして、夕ごはんを作るのか。なら、出来上がるまでの間に予習と復習、自主勉強をして一日のノルマをこなそう。


 「アレクシアさん、ごはん作るの?」

 「はい」

 「僕はどうすればいい? 勉強してもいい?」

 「勉強をしてください。出来上がったら呼びますので」

 「ごめん。お言葉に甘えるね」


 アレクシアさんが後ろ髪をまとめてお団子にしている。かわいい。


 「どうしました?」

 「え? あーいや、可愛いなと思って」

 「ありがとう御座います」


 にこっと笑って冷蔵庫を開けた。

 アレクシアさん、何で料理ができるんだ。スペックが高いな。嫁にしたい。


 「よし、勉強をしよう」


 僕は東京大学医学部の入学試験で合格を確実なものにする為、日々の勉強を怠らないよう細心の注意を払っている。恋愛も大事だが、今はそれどころじゃない。でも、どちらかを選ぶという決断について思うことがあり、頭の片隅で考えてしまっている。

 決断は…………、卒業前にできるよう頑張ろう。


 「よし、チキンライス完成」


 アレクシアさんの独り言が聞こえる。今日はオムライスか。


 「海斗さん、先に食べましょうか」

 「え? お父さんとお母さんを待たないの?」

 「郁さんから先に食べておいてと言われているので大丈夫ですよ」

 「それなら食べようか」


 ダイニングに移動した。

 ん? チキンライスの上にオムレツがのせてある。席に着いてから切るのかな。本格的だな。


 「では、切りますよ」


 オムレツの中央が切り開かれた。これ、テレビや動画で見たことがあるぞ。凄い。


 「どうですか?」

 「アレクシアさん、上手だね。感動したよ」

 「そうですか? うれしいです」


 これは、洋食店で出されるものと同じだ。アレクシアさんって料理のスキルが意外と高い。実家でも作っていたのかな。凄く気になる。

   

 「アレクシアさん」

 「はい、何でしょう?」

 「料理は実家でも作っていたの?」

 「はい、夕ごはんだけ毎日作っていましたよ」

 「そうなんだ。料理の腕が凄いからびっくりしたよ」

 「海斗さんの為に頑張って練習したんです。さあ、食べましょう」


 向かい合って座り、スプーンを手に持つ。

 

 「頂きます」


 まずは、一口目。どうだろう。


 「おっ! 酸味と甘みが利いていて美味しい」

 「ふふっ、どんどん食べてください」

 

 トマトケチャップの酸味と甘さがとても良い。食が進む。


 「海斗さん」

 「ん? 何?」

 「私、海斗さんのことが好きです。母国に連れて行きたいほどに」

 

 突然の告白。だが、僕は平然としている。


 「ありがとう。でも、まだ決められないんだ」

 「そうですよね。海斗さんならそう返事すると思っていました」


 アレクシアさんが笑っている。なんか申し訳ないな。


 ん? 申し訳ない?


 「ごめん」

 「謝らないでください。でも、私の気持ち、分かりましたよね?」

 「うん、分かった」

 「今はそれだけでいいです。さあ、食べてください」

 

 空気が少し重くなった。これはわざとだ。こうすることで僕にプレッシャーをかけている。やはり、女は怖い。


 「やっぱり美味しい」

 「ありがとう御座います」


 一番悩むことになりそうなのは、アレクシアさんのことかもしれない。

 

 

 


 

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