第13話 音羽の気持ち

 ――四月十九日、金曜日。

 音羽の気持ちに変化が起こった。それは、アレクシアさんを完全にライバルと認識し、僕にアピールをするようになったのだ。

 今も僕の目の前でふたりが言い争っている。内容は、ピクニックでどちらのお弁当がより多く食べてもらえるか。僕にとっても重要なことだが、クラスメイトの目の前でするのはやめてほしい。


 「ねえ、どっちのお弁当をたくさん食べたい?」

 「両方食べたい」

 「……それ答えになっていないよ」


 僕の一言で言い争いが止んだ。これでよし。


 「さあ、ふたりとも、授業が始まるから席に着いて」

 「分かった。アレクシアさん、またね」

 「はい」


 仲が悪くなったわけじゃない。ただ、恋人にならないように邪魔し合っているだけだ。

 本当に何を考えているのやら。そんなことする必要があるのか?


 「立花」

 「ん? 何? 高野君」

 「ふたりとどういう関係なんだ?」

 「関係? 親友だよ」

 「親友か……。羨ましいぜ」

 

 高野君が遠い目で黒板を眺めている。

 本当は僕のことが好きだなんて言えない。そんなことを言ったら、クラスメイトが混乱してしまう。なら、これ以上は言わない様にしよう。


 「俺も席に戻ろう。勉強頑張れよ」

 「うん」


 高野君も席に戻り、他のクラスメイトと同じように四限目の授業を受ける準備をしている。僕もそろそろ準備をした方がいいな。

 

 「皆、パソコンの電源を入れてください」


 これから、情報の授業が始まる。パソコンを用いての授業だ。


 「では、これからエクセルの応用を教えます。分からないところがあったら手を上げるように」

 

 僕は中央のモニターを見ながらエクセルの応用を学んだ。




                  *




 ふたりの想いが明確になってきた。何故なら――。


 「海斗、エビフライあげる」

 「ありがとう」


 あからさまにアピールしてきた。他の男子生徒の視線が気になるが、それより気になるのはアレクシアさんのアピール。肩が触れ合うくらい接近している。


 「アレクシアさん、近過ぎだよ。ちょっと離れて」

 「え? あっ、すみません」


 わざと気付いていなかった素振りを見せた。これはあきらかに音羽に対する挑戦だ。


 「海斗。アレクシアさんと随分仲が良くなったみたいだけど、何かあった?」

 「休みの日にふたりで勉強したからかな」

 「勉強したの? 偉いね」

 「苦手教科を重点的にしたら苦手意識がなくなってさ。これも、アレクシアさんのお陰だよ」


 アレクシアさんがご満悦だ。自分のお陰で立花海斗の学力をさらに高めたと言わんばかりだ。

 まあ、事実だから否定はしない。それより、音羽への態度が変わったのは、僕を音羽に渡したくない気持ちの表れなのだろうか。何かあるごとにアピールしている。僕はこれからどう接していけばいいんだろう。まだ考えがまとまらない。


 「海斗さん、早く食べないと昼休みが終わってしまいますよ」

 「そうだね。食べよう」


 それぞれ、日替わり定食を食べていく。

 ふたりのアピールに気を取られてばかりいたら駄目だ。学生の本分である勉強を頑張らないと。ゴールデンウィークが終わってすぐに全国模試があるからな。


 「高梨さん、お気持ちは分かりますが、海斗さんに勉強をさせましょう」

 「全国模試だよね。分かっているよ」

 「よろしくお願いします」


 アレクシアさんが先に食事を済ませて席を立った。


 「では、お先に」

 「うん」

 

 音羽とふたりきりになってしまった。何か聞かれたらどうしよう。


 「海斗」

 「何?」


 深刻な表情を浮かべている。まさか、アレクシアさんと仲良くしているのが嫌なのか。


 「アレクシアさんと何があったか分からないけど、私を無視しないで」

 「無視? していないけど」

 「私、海斗とまたこうして学校生活を送れて嬉しいんだ。だから、私とも仲良くしてね」

 「うっ、うん。分かった」


 音羽も立ち上がった。食べるのが早い。


 「海斗、授業に遅れないようにね」

 「うん」

 「それじゃあ、またね」


 音羽もアレクシアさんと同じくらい喜んでいるのか。なら、バランスよく付き合っていかないといけないな。


 「僕も急ごう」


 残りの日替わり定食を平らげ、僕も教室に急いだ。




                   *



 

 女の子の考えていることは分からない。それは、放課後に分かった。


 「海斗、帰ろう」

 「うん」


 アレクシアさんより先に誘ってきた。やはり、アレクシアさんに負けたくないのか。何を考えているのか本当に分からない。


 「高梨さん、早いですね」

 「海斗に勉強させるんでしょ。早く帰らないと駄目じゃない」

 「そうですが、そこまで焦らせなくても」

 

 取り敢えず、教科書とノートなどをバッグに入れて席を立った。

 早く帰るに越したことはないが、ここまで焦るのは何故なんだ。もしかして、一緒に勉強したいのかな。なら、誘ってみるか。


 「音羽、一緒に勉強する?」

 「え? 良いの?」

 「うん。良ければだけど」

 「それじゃあ、お願いします」


 そうと決まれば急いで帰ろう。善は急げと言うしな。


 「僕の家でしようか」

 「そうだね。よし、帰ろう」


 ふたりを連れて帰るのは初めてだ。やっぱり、他の男子生徒が見ている。まあ、凄く可愛いふたりが揃っているのだから当たり前だ。

 問題を挙げるなら――――。


 「どうしたの?」

 「音羽、今日はやけに積極的だね」

 「そう?」


 今日に限ってやけに積極的なところだ。僕の腕に音羽が手を回してくっついている。


 「……はあ」


 アレクシアさんも溜息を吐く始末。もうやけだ。


 「音羽、転ばないようにね」

 「うん!」


 下足室にそのまま行き、靴に履き替えて校舎を出た。

 少しずつ暑くなってきている。そろそろ衣替えかな。


 「海斗さん、失礼します」


 反対の腕にアレクシアさんまで。


 「あの~、歩きにくいんですけど」

 「少し我慢してください」


 僕は、ふたりの歩幅を気にしながら自宅を目指して歩いた。

 


 

 

 

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