第11話 カフェデート

 アレクシアさんが突然、腕に手を回してきた。僕は驚き、顔を真っ赤にする。


 「ちょっ、ちょっと!」

 「ふたりきりの時くらいはいいですよね」

 

 スキンシップのつもりでしているのか。それにしては過激だ。胸が腕に当たっている。だが、正直に喜べない。

 何故なら――。


 「からかうのはやめてよ」

 「からかっていませんよ。純粋に海斗さんのことが好きだからしているんです」

 

 モブに恋愛はない。そう思っていた。なのに、アレクシアさんが真っ直ぐな思いをぶつけてきた。でも、こんなところを音羽に見られたらと思うと、気が気ではない。


 「ねえ、何でそんなにご機嫌なの?」

 「海斗さんとこれからカフェに行けるからです」

 

 もしかして、この子マジなのかな。モブの僕に興味津々なのは分かるけど、それを飛び越えてデートするなんて、純粋に好意を寄せているとしか思えない。だけど、その好意に応えたら、あとで何を言われるか分かったものじゃない。音羽の両親から『裏切者』のレッテルを張られ、一生遊ばせてもらえなくなる可能性がある。それを避ける為に親友とは何かを話し合ったんじゃないのか。今のアレクシアさんは完全に矛盾している。これは……、音羽に対する裏切りだ。


 「あの、音羽のこと、どう思っている?」

 「高梨さんのことですか? 友達だと思っていますよ」

 「これって完全に裏切りだよね。恋愛は駄目って言ったじゃん」

 「確かに恋愛は駄目と言いました。けど、これはただのデートです。恋愛をしているわけではありません」

 「そうなの? ならいいけど」


 恋愛観はないのか。なら、別に怒る必要はないな。


 「そう言えば、今週末は買い出しに行くの?」

 「はい、高梨さんと海斗さんと一緒に買い出しに行きますよ」

 「お弁当、楽しみにしているから頑張ってね」

 「はい!」

 

 日曜日はピクニック。天気予報では晴れとなっている。ゆっくり寛いで日々の疲れを癒し、次に備える。そして、来年の受験で合格できるようまた頑張る。東京大学の医学部を受験しようと考えているのだから、それぐらいして当然だ。

 

 「海斗さん、考え事しています?」

 「ん? あー、来年のことをちょっとね」

 「海斗さんは何処の大学を受験するんですか?」

 「東京大学の医学部だよ」

 「なら、頑張らないといけませんね」

 「そうだね。頑張って合格しないと」


 話しながら歩いていたら、ショッピングモールの近くに辿り着いていた。カフェで話すのはいいけど、暗くなる前に帰らないと。お母さんに怒られるからな。

 

 「アレクシアさん、暗くなる前には帰ろうね」

 「はい!」


 アレクシアさんが手を握ってきた。この場合、仕方がない。

 

 「少し急ぎましょう」

 「うん」


 僕はアレクシアさんの手を握り、少し歩を速めた。




                    *




 ショッピングモールの一階にあるレストラン街に入った。


 「何処のカフェに入る?」

 「あそこにしましょう」


 有名なカフェだ。しかも、程良くにぎわっている。

 

 「いらっしゃいませ。ご注文をどうぞ」

 「あっ、少し待ってください」


 アレクシアさんがメニューを見ている。

 僕はロイヤルミルクティーでいいか。アレクシアさんは何にするんだろう。


 「アレクシアさん、何にする?」

 「ロイヤルミルクティーにします。海斗さんは?」

 「僕も同じものにするよ」

 「では、ロイヤルミルクティーをふたつお願いします」

 

 ここで咄嗟に財布を取り出した。

 

 「僕が払うよ」

 「良いのですか?」

 「うん」


 この状況で女の子に払わせるのは野暮だ。けど、結構高いんだな。まあ、カフェだから仕方がない。


 「では、千二百二十円になります」

 「二千円からでお願いします」

 「ありがとう御座います」


 お釣りを受け取り、提供台の前に移動する。


 「アレクシアさんってイギリス人だよね。日本ではアフタヌーンティーはどうしているの?」

 「こちらではカフェに通わないで、ペットボトルのティーとお菓子で済ませていますよ」

 「良い風習だよね。心が落ち着かない?」

 「落ち着きますね。また頑張ろうという気持ちになれます」

 

 英国の風習、マジで良い。


 「それじゃあ、今回は特別だね」

 「……はい!」

  

 アレクシアさんがにこっと笑った。笑顔が素敵だ。


 「お待たせしました。ロイヤルミルクティーになります」

 「ありがとう御座います」

 

 ふたつのロイヤルミルクティーがトレイにのせられている。慎重に運ぼう。


 「海斗さん、あそこに座りましょう」

 「うん」


 なんとか無事に運び終えた。ちょっと怖かったな。


 「これでゆっくりできますね」

 「うん」


 ん? このロイヤルミルクティー、かなり美味しい。


 「美味しいですね」

 「うん、そうだね。茶葉の香りと味が凄く良いよ」


 さて、何を話そうか。来るまでに結構話したから話題があまりない。


 「アレクシアさんは高校卒業したらどうするの?」

 「母国に戻りますよ」

 「そうか……。なら、たくさん思い出を作らないとね」

 

 アレクシアさんがじっとこちらを見ている。何か変なこと言ったかな?


 「そうですね。海斗さんとの思い出をたくさん作らないと、ですね」

 「僕と? それで良いの?」

 「良いんです。私、海斗さんが好きなので」

 

 必然と言っていいほど、アレクシアさんが注目されている。プラチナブロンドの髪もだけど、全てにおいて黄金比な体が輝いていらっしゃる。顔なんてパーツの配置がとても良く、美しい。それに肌もすべすべ。さすが、世界最高峰の美少女だ。


 「海斗さん、すみません。目立たせてしまって」

 「謝らないで。アレクシアさんは少しも悪くないよ」

 「はい……」

 「それで、話って何? ゴールデンウィークのこと?」

 

 アレクシアさんがモジモジしている。何で?


 「あの、海斗さん」

 「はい」

 「海斗さんには、将来約束された人がいますか?」

 「……あの、恋愛禁止だってついさっき話したよ?」

 「違うんです! 高校を卒業したら会えなくなるかもしれないので聞いておきたいんです」


 何の為に聞きたいんだろう。もしかして、音羽との関係を探っている?


 「……いたけど、大学受験を優先したいと言って話を持ち掛けないようにしてもらっているよ。将来医者になることを確実なものにしたいからね」

 「……そうですよね。勉強で忙しいですよね」

 

 アレクシアさんの表情が曇った。でも、事実だから仕方がない。


 「あの、それって高梨音羽さんですよね」

 「え? あー、そうだよ」

 「そうか……。だから、仲が良いんだ」

 

 なんかダークなオーラを発しているんですけど。怖いよ。


 「あの、私と仲良くしたいと強く思わないのは何故ですか?」

 「それは……」

 

 それは、お父さんの取引先のご息女だからとは言えない。そんなことを言ったら、アレクシアさんに両親と喧嘩させてしまう。


 「まだ家に来て日が浅いし、アレクシアさんのことあまり知らないからだよ」

 「そうですか。では、私の家庭のことを話します」

 「うん」


 僕の返答がアレクシアさんの本気にスイッチを入れてしまった瞬間でもあった。

 

 

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