第10話 抜け駆け

 一週間の中盤に差し掛かった。今週末は恐らくピクニックの買い出しがあるだろう。当然、僕も駆り出されるわけだが、アレクシアさんと音羽が仲良くしてくれるか不安で仕方がない。

 せめて僕がいるときは仲良くしてくれ。


 「海斗、ごめん。この問題教えて」

 「あっ、うん、いいよ」


 考え事をしている間に、音羽が教科書とノートを持ってやってきた。

 ふむふむ、数学か。昨日、予習をしておいたから楽勝だ。


 「これはね。こうして――」

 

 アレクシアさんがこちらを見ている。何故に睨んでいるのか分からない。しかも、その対象は僕。

 本当に何なんだ。


 「分かった?」

 「うん、大丈夫だよ。ありがとう」


 これくらいの問題なら難なく解ける。でも、これから難しくなるんだよな。勉強しないと。

 

 「それじゃあ、またね」

 「うん」


 音羽が自分の席に戻った。さて、勉強をしよう。


 「立花、ごめん! ここ教えてくれ」

 「うん、いいよ」


 今度はクラスのムードメーカーである、高野君がやってきた。教えてもらいたい箇所は音羽と同じ。僕は丁寧かつ分かり易く教えた。


 「ありがとう。恩に着る」

 「うん。また分からないところがあったら来て」

 「押忍」


 よし、自分の勉強を進めよう。


 「これは……」


 ん? 前に人影が……。

 なんか嫌な予感がする。


 「海斗さん」

 「アレクシアさん。何?」

 「お昼休み、少し時間をもらえませんか」

 「うん、いいよ」

 「では、後程」


 嫌な予感的中だ。音羽が話し掛けたことに嫉妬したな。絶対来ると分かっていたけど、彼女は僕に興味津々だ。他の女の子と仲良くさせないのは当然だろう。

 

  「さて、やるか」


 僕は、十分という短い休憩時間を使って復習を進めた。




                   *




 ――昼休み。

 三人で昼食を摂り、教室に戻ったところでアレクシアさんと廊下に出た。


 「アレクシアさん、何かあったの?」

 「あの、今日の放課後なのですが、一緒にカフェに行きませんか? その……、色々お話したくて」

 「カフェ? 別にいいけど」

  

 カフェか。久しく行っていないな。それに話があるなら、ふたりでゆっくり話せる場所が良い。よし、今日は奮発するか。


 「では、放課後になったら行きましょう」

 「うん」


 話はこれで終わり。よし、席に戻って勉強をしよう。


 「よし、始めるか」

 「なあ、立花。お前、よくそんなに勉強できるな。俺なんか頭がパンクしそうだ」

 

 高野君が感心している。勉強は通信教育の関係で進めないといけない。そのことを話すか。


 「家で通信教育を受けていて、模試とかあるから勉強しているんだよ」

 「塾みたいなものか? 大変だな」

 「まあ、将来医者になりたいから頑張らないといけないんだ」

 「医者か……。凄いな、お前」


 あれ? なんか周りに人が。


 「立花君、医者になりたいの? 頑張っているね」

 「でも、どうして進学校に行かなかったの?」

 「それは……、のびのびと自分のペースで勉強したかったからかな」

 

 のびのびというレベルの勉強量じゃないのは分かっている。ただ、自分のペースで勉強をして常にトップでいたいだけだ。

 そう――、模試で連続一位を取れるように。


 「ねえ、分からないところがあるんだけど教えてくれる?」

 「え? 良いけど……」


 クラスの半数の女子が教科書とノートを持ってやってきた。

 これは凄いことになってきたぞ。この人数に教えるのは骨が折れる。だが、皆の役に立ちたいならやった方が得策だ。


 「何処?」

 「ここなんだけど、やり方が分からなくて」

 

 今、僕は数学をクラスの半数の女子に教えている。これについて、ふたりは仕方がないと言った様子だ。

 まあ、途中で割って入る様なことはしないだろう。この状況で邪魔したら、皆の嫌われ者になるか、あれこれ詮索されるが落ち。なら、大人しく見守るに限る。ふたりだって分かっている筈だ。


 「おーい、何をしている? もうチャイム鳴ったぞ」

 「え? あっ、本当だ!」


 周りに集まっていたクラスメイトが一斉に戻っていった。僕は教科書とノートを片付け、授業を受ける準備をする。

 

 「立花君、ごめんね」

 「ううん、大丈夫だよ。歌川さん」


 斜め前の席にいる、クラス委員長の歌川姫子さんが声を掛けてきた。

 歌川さんに声を掛けられたの何時ぶりだろう。モブに徹していたから忘れ去られているのかと思った。やはり、勉強ができると目立つのか?


 「では、教科書十一ページを開いて」

 

 先生の言う通り、日本史Bの教科書の十一ページを開き、黒板に目を向けた。




                  *




 放課後になってすぐに、アレクシアさんが僕のもとにやってきた。機嫌は良く、にこにこしている。

 これじゃあ、初デートだ。なんか居づらく感じる。


 「海斗さん、行きましょう」

 「うん。その前に挨拶させて」


 音羽の前に行き、声を掛ける。


 「音羽、ごめん。アレクシアさんと買い物に行くから先に帰って」

 「買い物? 何処に?」

 「ショッピングモールだよ」


 嘘がもろバレなのは分かっている。だが、誤魔化すしかないのだ。


 「……分かった。でも、週末は付き合ってね」

 「週末? あー、ピクニックの買い出しね。分かっているよ」

 「分かっているならいいよ。それじゃあ、またね」

 「うん、またね」


 音羽がアレクシアさんの顔を見た途端、溜息を吐いた。この溜息は、『まったく、困ったものだわ』という意味合いがある。それだけ、アレクシアさんの嫉妬が強いってことだ。僕もどうしようもない。


 「アレクシアさん、行こう」

 「はい!」


 アレクシアさんを連れて下足室に赴き、靴に履き替えて校舎を出る。

 桜の花はすっかり散ってしまった。けど、これから緑を宿すと思うと楽しみで仕方がない。

 そう、夏が来るのだ。と言っても、まだまだ先だけど。


 「海斗さん、良い天気ですね。日曜日も晴れると良いな」

 「そうだね」


 プラチナブロンドの髪がキラキラと輝いている。もちろん、アレクシアさんの様々なところも輝いていらっしゃる。もうどうすればいいのか分からなくなるくらい、僕の心も踊っているのだが、当本人はそれに気づいていない。可憐な美少女を前にどう反応すればいいんだ。


 「海斗さん、好きな飲み物って何ですか?」

 「好きな飲み物? そうだな……。紅茶かな」

 「アイス派ですか? ホット派ですか?」

 「アイス派かな。特にロイヤルミルクティーは最高だよね」

 「そうですよね。アフタヌーンティーで出されるとテンションが上がります」

 

 好みが同じって良いな。話が通じて楽しい。


 「海斗さん」

 「え?」

 

 アレクシアさん、いきなり腕に手を回すなんて一体何を……!?

 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る