第5話 天才に匹敵する秀才
――週末の土曜日。
学校が終わってからすぐに、ショッピングモールに足を運んだ。
「海斗さん、あそこにしましょう」
アレクシアさんが若者に大人気のカフェを指差した。だが、落ち着いて話せる環境ではない。ここは、ご老人も利用されるカフェを選ぼう。
「ねえ、あっちにしない? 落ち着いているし」
「確かにそうですね。では、そちらにしましょう」
難なく進路変更し、落ち着いたカフェに入った。
取り敢えず、アイスティーを頼もう。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
「アイスティーをひとつ。音羽とアレクシアさんは?」
「私もアイスティーを」
アレクシアさんが悩んでいる。
よく見たら、このお店は飲み物のバリエーションが少ない。
「ロイヤルミルクティーをお願いします」
「かしこまりました。お会計はご一緒でよろしかったですか?」
「いえ、別々で」
それぞれ会計を済ませる。値段が高いから奢れない。
「では、こちらの方でお待ちください」
アイスティーが提供された。ロイヤルミルクティーは少し時間が掛かっている。まあ、長くはないだろう。
「お待たせしました。ロイヤルミルクティーです」
「ありがとう御座います」
無事、飲み物を手にすることができた。さて、何処に座ろう。奥の方かな。
「海斗、奥の方に座ろう」
運よく奥の方が空いていた。真剣な話をするなら、通りから離れたところがいい。
「話をする前に一旦落ち着こう」
「うん」
軽くアイスティーを飲み、落ち着かせる。よし、話すか。
「海斗。単刀直入に聞くけど、何でモブに徹しているの?」
いきなりだ。しかも、何でモブに徹しているのを知っている。
「それは……」
「あの、モブって何ですか?」
アレクシアさんが手を上げた。音羽がすかさず説明に入る。
「モブっていうのは、目立たない人物のことだよ。海斗っていつもモブに徹していて目立とうとしないの」
「単に目立ちたくないだけでは?」
「そうじゃないの。わざとそうしているの」
「わざと? 何で?」
アレクシアさんが興味津々だ。それもそのはず、僕がモブに徹していることを聞いたのは今回が初めて。しかも、わざとだから余計気になっている。
まだ、転校して間もないのによく見ているな。親友としてびっくりだ。
「海斗、伊達メガネを掛けているのもモブに徹するためでしょう?」
「それは……、半分正解で半分間違っている」
伊達メガネを掛けているのは、単に恋愛を避けるためだ。モブになるためじゃない。
「なら、何で掛けているの?」
「……この姿の方が勉強に集中できるからかな。そのお陰で模試は常に上位だし」
「勉強の為か。それなら文句言えない」
恋愛を避けているなんて言ったら、からかわれるのが落ちだ。ここは勉強の為だと思い込ませよう。そうしないと色々と面倒だ。
「モブに徹しているのは何故ですか?」
「そのことについては真面目に話させてもらうよ」
ふたりがゴクリと唾を飲んだ。いよいよだ。
「僕がモブに徹しているのは、過去に衝撃的な発言を受けたからだよ」
「衝撃的な発言?」
「そう……。中学生の時、イケメン男子に言われたんだ。『モブはモブらしく、脇役でいろ』ってね。それから、目立つことをやめて色んな場所で脇役に徹している」
「ねえ、それっておかしくない? 何で脇役にならないといけないの?」
確かにそうだ。脇役にならないといけない理由がない。
「……確かに理由がないのに、そうならないといけないと考えるのはおかしいよね。でも、その時はいじめがあったんだ」
「そうなんだ……。いじめられるのなら従わないといけないね。でも、私は脇役でいてほしくない。だって、その人は側にいないでしょ? いないのなら、従う必要ないじゃない」
「まあ、そうだけど」
音羽は昔の自分に戻ってほしいと思っているのか。でも、それをしたら目立ってしまう。だが、心の奥にわだかまりができるのは事実だ。
本当は普通でいたい。
「なら、思い切って戻ろうよ。格好良い海斗に」
アレクシアさんが顔をじっと見つめている。
メガネを外して髪型を整えれば、格好良いと言われていた自分に戻れる。だけど、それをしたからって得することがあるのか?
音羽とアレクシアさんは何を求めているんだ?
もしかして、恋人に…………。
「ごめん。すぐには決められない。戻って何かあったら怖いし」
「海斗……」
目立つ行動をとって噂が広まったら、あいつが目の前に現れる可能性がある。それにあいつは同じ街にいる。いつ会ってもおかしくないんだ。なら、現状維持でいた方が面倒事に巻き込まれる確率が低い。僕の選択は間違っていない。
「海斗さん、自宅だけ普通でいるのは駄目なんですか?」
「自宅だけならいいよ。誰も見ていないし」
「なら、そうしてくださいませんか。家の中まで控えめでいられると気になるので」
「……分かりました。では、家の中だけそうします」
アレクシアさんの表情が少し明るくなった。少し心を解き明かせて嬉しいのかな?
「海斗、そのイケメン男子って何処にいるの?」
「地元の進学校に通っているよ」
「そうなんだ。会わないように気を付けようね」
さて、打開策を…………。といきたいけど、そんな空気じゃないか。今日はこれまでにして楽しい話をしよう。
「アレクシアさん」
「はい、何でしょう?」
「日本に留学してきたのは、何かを学ぶため? それとも、日本文化に触れるため?」
「両方ですね。日本の流行や文化を勉強して、母国の為に何かを成し遂げたい。そう思って来ました」
「凄い! 僕とは比べものにならないや」
あれ? アレクシアさんが眉間に少ししわを寄せている。
「海斗さん、自分を低く評価するのはやめてください」
「……ごっ、ごめん」
「それと、自分のことをただのモブだと思い込むこともやめてください。私、知っているんですよ。海斗さんが全国模試で一位なのを」
何故、それを知っている。もしかして、アレクシアさんってストーカー?
「え!? 海斗って全国模試一位なの?」
「そうですよ。モブと言っていますが、成績はトップ。おまけに、特技もいっぱい持っているんです」
だから、何で知っているんだ。
「この際だから言いますけど、私が日本に来た理由は海斗さんなんですよ」
え? 僕?
「それってどういうこと?」
「日本に天才に匹敵する秀才がいると聞いて興味がわいたんです。それが何でモブでいるのか、本当に理解できません。けど、理由があったのでこれ以上は言いません。海斗さん、自宅ではモブでいないでください」
「はっ、はい!」
何なんだ。急に発言が多くなった。我慢していたのかな。
「アレクシアさん、落ち着いて」
「……すみません」
音羽の一言でアレクシアさんが冷静さを取り戻した。それより、僕目当てで日本に来たってこと?
それに天才に匹敵する秀才って? 僕?
「あの、天才に匹敵する秀才って僕?」
「そうです。モブが毎回、全国模試で一位を取りますか?」
小学生の頃からずっと受けている全国模試。一位以外見たことない。でも、それは努力の賜物であって天性ではない。
「へえ~、海斗って頭が良いんだ。知らなかった」
知らなくて当然だ。だって、一回も教えていないから。
「ねえ、このあとどうする? お店を見て回る?」
「そうね……。ちょっと見て回ろうか」
「じゃあ、飲み終わったら行こう」
アレクシアさん、一体何者なんだ?
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