第4話 過去の苦痛
伊達メガネを掛けている理由。それは、単に恥ずかしいからだ。でも、そんなことを言えば、ふたりが怪訝に思うのは言うまでもない。なら、納得のいく説明をちゃんとする必要がある。今欲しいのは時間だ。
「ごめん。ちゃんとした説明がしたいから、時間をくれないかな」
「良いよ。それじゃあ、今週末、三人でカフェに行こう」
「カフェ? 何で?」
「カフェでゆっくり話がしたいからだよ。家だとかしこまっちゃうでしょう」
「それはそうだけど」
音羽の行動力には毎度驚かされる。やることが決まったら、すぐに実行に移すタイプだ。それに比べて、アレクシアさんは慎重派かな。今さっきから考え込んでいる。
「アレクシアさんも良いよね?」
「……あの、ここで話せないことなんですか?」
頷き、答える。
「うん、色々考えたいことがあるから無理かな」
「分かりました。今週末、カフェでお話しましょう」
取り敢えず、話がまとまった。よし、帰ろう。
「立ち話はこれくらいにして、早く帰ろう」
「そうだね」
教室を離れ、下足室に向かう。
僕に素顔を晒せというのか。それは絶対に嫌だ。何故かって? いじめの対象になるからだ。
『モブはモブらしくいろ』、という台詞が頭をよぎる。その台詞を言った人はいないけど、ふたりと同じ舞台に立ってはいけないと考えてしまう。やはり、僕は目立っては駄目なのか。
「海斗、暗い顔してどうしたの?」
「ん? ちょっと昔のこと思い出しちゃって」
「あまり考え込まない方がいいよ。良ければ相談に乗るけど?」
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
下足室に到着した。何だか騒がしい。
「あっ、高梨さんとアレクシアさんだ!」
様子から見て、部活動の勧誘か。運動部と文化部の部長が勢揃いしている。これは時間が掛かりそうだな。
「アレクシアさん! 是非、茶道部に!」
「いや、美術部に入りませんか?」
アレクシアさんの前に文化部の部長が集まっている。音羽は?
「高梨さん、バレー部はいかがですか?」
「バスケット部も!」
音羽は運動部か。噂か何かを聞きつけてやってきたのか。しかも、必死だな。
「すみません。部活動はちょっと……」
「私も部活動は……」
「そうですか。では、やる気になったら来てください。お待ちしています!」
「分かりました。その際はよろしくお願いします」
あっさりと解散してしまった。まあ、しつこいよりマシか。
「はぁ……」
「音羽、大変だったね」
「この学校は本当に噂を聞き付けるのが早いわ。けど、無視されるよりはマシだけどね」
「そうだね。気に掛けてくれることは良いことだよ」
「そう言えば、海斗は部活動していないの?」
「僕? 僕は一年生の時から帰宅部だよ」
部活動より勉強優先なので入部はしない。一年生の時からずっと通信教育ばかりしている。それだけ、勉強が好きだ。
「海斗さんは将来、何になりたいと思っているんですか?」
「将来? 将来は、医者になりたいと思っているよ」
「医者!? 凄いですね」
「そんなことないよ。ただ、頭を使うことが好きなだけだよ」
音羽が目を見開いている。どうした?
「海斗、医者を目指しているの?」
「うん」
「因みに何科を目指しているの? 教えて」
「うーん……、外科かな」
アレクシアさんが音羽に耳打ちしている。何なんだよ。
「海斗さん、頑張ってくださいね!」
「うっ、うん、頑張るよ」
「さあ、帰りましょう」
靴箱から靴を取り出し、上履きをしまって靴を履いた。
転校初日から色々あったな。帰ったら勉強して、夜はゆっくり過ごそう。
「海斗、行こう」
「うん」
ふたりの間を歩き、自宅へと向かった。
*
帰宅後。
自室に籠り、宿題と自習をこなし、お風呂に入ってゆっくり過ごす時間を確保した。
伊達メガネを掛けている最大に理由は、『モブはモブらしくいろ』という台詞を言われ、自分に自信がなくなったからだ。
自分を冷静に分析すると、顔は悪くはない。だが、度胸がない。それにより、自分の言いたいことがすぐに言えない。これが、最大の欠点か。
だが、それでは医者になれない。言いたいことは、はっきりと言わないと問題になる。これは直すべきことだ。
なら、今週末に過去のことを打ち明け、打開策を一緒に考えてもらおう。そうすることによって、ひとりで考え込まないで済むことなる。
よし、これでいこう。
コンコン。
ん? ドアがノックされた。誰だ?
「誰?」
『アレクシアです。少しいいですか?』
アレクシアさんか。何だろう。
「どうぞ」
『失礼します』
ドアがゆっくりと開いた。手にマグカップを持っている。
「海斗さん、ホットミルク飲みませんか?」
「あっ、頂きます」
アレクシアさんからマグカップを受け取って椅子に腰掛けた。
「では、失礼します」
「アレクシアさん」
「はっ、はい! 何でしょう?」
「ありがとう」
「……飲み終わったら、マグカップを廊下に出しておいてください。あとで片付けますから」
「うん、分かった。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
良い人だ。でも、心がモヤモヤする。
まさか、アレクシアさんを誰にも渡したくないと思っている?
いや、単に美人だから、そう思っているだけだ。これは、自然になりうることだ。
「そう言えば、同じことがあったな」
中学校に通っていたとき、クラスのマドンナに憧れて視線をずっと向けていたときがあった。その時、クラスのイケメン男子が僕に言った。
『モブはモブらしく、脇役でいろ』
それから、脇役に徹して身を引いた。今考えれば、僕は馬鹿だ。他人が言ったことを真に受けて自分を押し殺してしまったのだから、本当に情けない。だけど、その一言が衝撃的だったのは事実だ。
――――僕は何に怯えているんだ?
「殴られることが怖い? いや、そうじゃない。本当の自分をさらけ出すのが怖いだけだ」
本当の自分。誰にでも自分の気持ちをぶつける自分。昔はそうだった。だけど、それが問題になり、両親に何度か叱られた。それから、自分を押し殺し生きている。
僕が今教訓にしているのは、
『自分の意見をぶつけるのは、よく考えてからにしろ』
ということ。まさにこれだ。
「ただ単に過去を語るだけではなく、その時の心情も正確に伝えよう」
今週末に向けてやることは、まさにこれ。そして、ふたりから意見をもらい、打開策を見出す。
「……ちょっと一息入れるか」
ホットミルクが非常に甘い。だが、温かさと甘さが心を落ち着かせてくれる。
アレクシアさんが作ったのかな?
「気が利く人だな。なんか嬉しくなる」
高校生になって親友が一度にふたりとなった。心強いけど、相手は女の子。甘えるわけにはいかない。
「自分で解決できることは自分で解決しよう。社会勉強として少しずつしていけば、心も少しは強くなるかな」
ホットミルクがぬるくなった。よし、飲み干そう。
「ふぅ~」
アレクシアさんの部屋の前に立ち、軽くノックした。
「アレクシアさん、ご馳走様でした。マグカップ置いておきます」
お礼を言った直後、ドアが開いた。
「海斗さん、わざわざすみません。どうでした?」
「ん? 凄く美味しかったよ」
「良かった……。では、マグカップを」
マグカップをアレクシアさんに手渡す。
「それじゃあ、僕は寝るよ。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
アレクシアさんに微笑み掛けて軽く手を振り、自室に入った。
体がぽかぽかだ。
「よし、寝よう」
ホットミルクのお陰で体が温まっている。今夜は良い夢が見られそうだ。
「ふぅ……」
良い夢を見ながら熟睡。これこそ至高だ。
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