第3話 ふたりは僕を見逃さない

 朝のショートホームルームで、ふたりの自己紹介が行われた。前日から噂されていただけあって、反応は凄まじかった。男子も女子もハイテンションになり、拍手喝采。クラスメイトの高野君なんてガッツポーズをとる始末。もう、有名人扱いである。

 

 「高梨さん、今日のお昼休み空いている?」

 「ごめんなさい。先約が」

 「え~」

 

 女子が二手に分かれて、音羽とアレクシアさんにお誘いの言葉をかけている。

 だが、ふたりの眼差しは何故か……。


 「立花、何でふたりと知り合いだったことを隠していたんだよ」

 「隠していないよ。高梨さんとアレクシアさんとは、昨日知り合ったんだ」

 「そうなのか? でも、知り合ったばかりなのに親し気に話していたじゃないか」

 「うっ、それは……」

 

 高野君に隠し事をすると、すぐに問題が生じる。ここは正直に話しておくか。


 「実は、高梨さんとは幼馴染だったんだ。かなり昔だけど」

 「そうか。アレクシアさんは?」

 「アレクシアさんは、親の都合で今同じ家に住んでいるよ。ホームステイで」

 「は? ホームステイ先がお前の家なのか? ズルいな~」

 「そうかな? えへへへへ…………」


 正直に答えたお陰で、すぐに僕から離れてくれた。でも、噂にされるのは言うまでもない。まったく、噂とは本当に恐ろしい。もう既に女子に情報が伝えられている。


 「ごめんなさい。ちょっと席を外すね」

 

 音羽がこっちにやってくる。アレクシアさんも遅れまいとこっちに向かってきている。

 ちょっと待て。何をしようと考えている?


 「海斗」

 「なっ、何?」


 何で下の名前を呼び捨てする。それだけでどれくらい親しいのかバレるじゃないか。廊下にいる他のクラスの男子が怖い。


 「今日のお昼休みだけど、一緒に」

 「おーい、授業をするぞ~。早く席に着け~」

 「ごめん。また後で」


 話し掛けたちょうどに先生が入室してきた。恐らく、音羽が言いたかったことは昼休みのお誘いだろう。目立たないようにしたいけど、今回は無理そうだな。


 「では、自己紹介をする。私の名前は――」


 数学の先生が自己紹介を軽くした。僕は基本、名前と顔以外は覚えない。だって、プライベートで関わることがないからだ。


 「それでは、授業を始める。教科書一ページを開いて」


 二年生になって初めての数学だ。集中して取り組もう。

 と言っても、通信教育で事前に勉強している。復習として学び、再度覚えて頭に叩き込む。反復トレーニングと同じだ。

 

 「では、この問題の解き方を説明する。黒板の方を向いて」


 黒板の方を向いて、解き方を記憶していく。その時、前の席からメモが回ってきた。

 

 「何だ?」


 取り敢えず、解き方をノートに書き写してからメモを開いた。

 メモには――、


 『今日から毎日、昼休みは三人で過ごそう』


 と書かれている。筆跡からして音羽だ。なんて大胆な……。


 「それでは、この問題を……立花君、解いてみなさい」

 「はい!」


 教壇に上がって問題を解いた。

 

 「うん、完璧だ。ありがとう」


 クラスメイトが答えをノートに写している。少し気を取られたけど、なんとか解けて良かった。授業中はメモを送らないよう言っておこう。


 「次の問題は……」


 この後、メモが送られてくることなく授業が進んだ。




                   *




 ――昼休み。

 

 音羽とアレクシアさんが食堂に行こうと誘ってきた。僕は当然の如く手を鷲掴みにされ、連行されてしまった。

 

 「ちょっと! 手を放してよ」

 「何で? 恥ずかしいの?」

 「そうじゃなくて、視線が怖いんだよ」

 「我慢して。できるでしょ?」

 

 僕達に目を向けている生徒が、何だ? と言わんばかりの反応をしている。驚きの表情から察するに、まだ噂を耳にしていないみたいだ。でも、クラスメイトが情報を誰かに伝えたら……、僕に敵意を向けてくるに違いない。


 「ここが食堂か……。広いね」

 

 食堂に到着した。券売機の前には多くの生徒が並んでいる。順番が来るまで時間が掛かりそうだ。


 「ねえ、海斗。ここのおすすめメニューは?」

 「日替わり定食かな。栄養がバランスよく取れていいよ」

 「そう……。なら、日替わり定食にしよう」


 アレクシアさんがキッチンカウンター上のメニュー表を見ている。視力が良いな。僕はまったく見えない。


 「アレクシアさんは何にする?」

 「私も日替わり定食にします。立花君は何にするんですか?」

 「僕は月見うどんかな」

 

 音羽が溜息を吐いた。何だ?


 「今さっき、栄養バランスのことを話したの忘れた?」

 「忘れていないよ。ただ、食欲があまりないから、月見うどんにしようと……」

 「食欲がない? 何で?」

 「僕、日頃からあまり食べないんだ」

 「それは駄目だよ。ちゃんと食べないと頭が回らないよ」

 「……分かった。今日は、日替わり定食にしておく」


 頭が回らなくなるなら食べないといけない。でも、食べ過ぎると午後の授業で眠くなるんだよな。

 まあ、そこが盲点と言える。


 「海斗、空いたよ」

 「うん」

 

 お金を準備して、手際よく食券を購入した。それから、食堂のスタッフに食券を手渡し、提供を待つ。


 「日替わり定食です」

 「ありがとう御座います」

 

 さて、空いている席はあるだろうか。

 ん? 不人気の窓際が空いている。


 「窓際に行こう」

 「うん」


 陽が差し込んでいて眩しい。おまけに暑い。なのに、何で窓際?


 「カーテン閉めますね」

 

 食堂のスタッフが気を利かせてカーテンを閉めてくれた。どうなっている?

 

 「あっ、席の回転率を上げる為か」

 「何を独り言を言っているの? 回転率?」

 「こっちの話。さあ、席に着こう」


 ふたりは……前か。でも、視線が気になる。


 「海斗、何でメガネを掛けているの?」

 「え? 視力が悪いからだけど?」

 「それ度が入っている? 貸して」

 「嫌だよ。それより、早く食べよう」

 「……帰ったら調べてやる」


 何を調べるんだよ。なんか怖いな。


 「では、頂きます」

 「頂きます」


 アレクシアさんが何事もなく食事を始めた。僕も遅れないようにしよう。


 「おっ、意外といける」


 冷凍のハンバーグかと思いきや、手作りだ。肉汁が半端ない。


 「海斗、食べられるじゃない」

 「音羽、何でそんなに突っ掛かるの?」

 「だって、海斗が隠し事しているから」

 

 隠し事? 何もしていないんだけどな。


 「午後の授業で眠くならないように食事を制限しているんだよ。別に隠し事していないのに何でそんなに気になるの?」

 「海斗のことが気になるから」

 「え?」

 「だから、海斗のことが気になるの!」

 

 食堂が一瞬静まり返った。

 今なんて言った? 僕のことが気になる? それってヤバ――。


 「高梨さん、白昼堂々と攻めないでください」

 「アレクシアさんだって気になるって言っていたでしょう!」

 「それはそうですが……、今は食事中ですし」

 「……そうね。取り乱してごめんなさい」


 音羽が食事を再開した。

 まったく、アレクシアさんの言う通り、白昼堂々と攻めるんじゃないよ。僕の心がもたなくなるじゃないか。


 「よし、さっさと食べてしまおう」


 午後の授業は睡魔との戦いになるだろうな。でも、楽しく食事ができたからいいか。


 「海斗、ご飯粒付いている」

 「あっ、ごめん」


 僕はふたりと楽しく食事を続けた。




                   *




 ふたりが転校してきて大いに賑わった。だが、その反面、僕に敵意を向ける人ができた。正直心苦しいけど、ふたりの笑顔を曇らせたくないので黙っておくことにした。その方が絶対良い。


 「海斗、帰ろう」

 「うん」


 席を立ってバッグを肩に掛けた。その時――。


 「高梨さん、アレクシアさん、さようなら!」

 「うん、さようなら」


 僕は? ねえ、僕は?


 「おまけに、立花君もさようなら」

 「さっ、さようなら」


 おまけか。まあ、いいや。


 「海斗、私達を守ってね」

 「うん」


 これから下校だ。何があるか分からない。気を抜かないようにしよう。


 「さて」


 音羽が突然、僕からメガネを外した。


 「ねえ、これ度が入っていないよ」

 「やっぱり。素顔を隠すためでしたか」

 

 素顔を隠すため? 何のこと?


 「海斗は素顔が格好良いんだから、隠さなくていいのに」

 「そうですよ。もう着けないでください」

 「それは嫌だよ。返して!」


 素直に返してくれた。まったくもう……。


 「立花く……、いえ、海斗さん。伊達メガネを掛けている理由、教えてくれませんか?」

 「それは……」

 

 突然、ふたりに責められ、窮地に立たされた。


 

 


 

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