第2話 幼馴染
隣の空き部屋が、アレクシアさんによって秘密の部屋と化した。荷物はさほどないように思えるが、女の子特有の香りが充満しているのか、僕の部屋まで漂ってくる。隣人の僕が言うのもなんだけど、アレクシアさんって可愛過ぎだろう。
「さて、そろそろ起きようかな」
目を開いてから十五分は起き上がれない。眠気がそれくらいしないと覚めないからだ。僕って本当に朝が弱い。
「よし、起きられた。顔洗いに行こう」
ベッドを離れ、ドアを開けて廊下に出た。
――アレクシアさんと遭遇である。
「おはよう御座います」
「あっ、おはよう御座います!」
なんて可憐な女の子。制服をきちんと着こなし、身だしなみも完璧に整えている。おまけに男心をくすぐる花の香り。なんか舞い上がってしまう。
「アレクシアさん、着替えるの早いね。何時に起きたの?」
「五時ですね。そのあとは、朝日を見ながら外の空気を吸って体操を少し」
「そうなんだ。僕なんか、今さっき起きたばかりだよ」
「朝が弱いんですか?」
「うん」
軽く微笑み、階段を下りる。
後ろを見たら駄目だ。
「アレクシアさん、先にダイニングに行っていて。顔を洗ってくるよ」
「分かりました。では、お先に」
洗面所に行き、水道の蛇口を開いて顔を洗う。
まだ来たばかりの人なのに落ち着いて会話ができている。アレクシアさんが優しいからか、自然と口元が緩む。でも、アレクシアさんがどう思っているのか分からない。
キモイ陰キャだと思われていたら、どうしよう。
「早く部屋に戻って着替えよう」
洗面所から廊下に出て、階段を急いで上がり、部屋に戻って制服に手を付ける。制服はブレザーとワイシャツ、面倒臭いネクタイとスラックスで構成されている。
ネクタイ結びが一番厄介で、毎回イライラしているのだが、ワンタッチのものに変えてほしいと日々思っている。それだけ、僕は面倒臭いことが嫌いだ。
「お? 今日は一発で結べた」
アレクシアさんにだらしないところは見せられない。ビシッと決めていこう。
「寝癖は……よし、直った。ダイニングに行こう」
部屋を出て、階段を早めに下りる。
ダイニングがなんか騒がしい。アレクシアさんと世間話でもしているのかな。
「お待たせ」
「あっ、海斗さん!」
ん? 人数が多いな。アレクシアさん、お父さん、お母さん…………。
って、何で音羽がいるんだ!?
「海斗、おはよう。待っていたよ」
「おっ、おはよう」
いつものクールで格好良い話し方だ。大人の女って感じがする。
「何をしているの? 早く座って」
「うっ、うん!」
何故に僕を中央に座らせる。両手に花と言って喜べる状況じゃないぞ。
この状況を男子生徒に見られたら…………、僕は袋叩きにされるだろう。確実に、だ。
「はい、スープとサラダ」
「ありがとう」
お母さんがアレクシアさんと配膳をしている。今日の朝ごはんは、目玉焼きにウィンナー、コーンスープ、サラダ、ルーブパンか。アレクシアさんがエプロンを着けているということは、ふたりで作った?
ちょっと待て。家に来て日が浅いのに手料理を振舞い、お父さんとお母さんのハートを鷲掴みにしているってことは、昨日のよろしくはこういうことなのか?
いや、それはない。モブの僕に恋心なんて抱いている筈がない。何を舞い上がって喜んでいるんだ、僕は。身の程をわきまえろ。
「では、頂きましょう」
「そうだな。頂きます」
「頂きます!」
コーンスープを少し飲み、ウィンナーを食べた。
目玉焼きとウィンナーというシンプルな料理なのに、絶妙な塩加減がカフェに出てくる料理みたいなリッチさを演出している。サラダも新鮮で、ドレッシングが美味い。
あっ、このドレッシング、手作りだ。
「どうですか?」
「美味しいよ。このドレッシング、誰が作ったの?」
「アレクシアさんよ」
コーンスープの熱さもちょうど良い。ルーブパンはどうだろう。
「うん、美味しい」
アレクシアさんがにこにこしながら、僕の顔を見つめている。照れるな。
「海斗」
「ん? 何?」
「突然、お邪魔してごめん。驚かせたかったの」
「別に気にしていないから大丈夫だよ。それより、早く食べないと学校に遅れるよ」
「……そうだね。ありがとう」
音羽は本当に真面目だな。驚かせたかったなんて、余程僕に会いたかったのかな?
「海斗。音羽ちゃんもこれから一緒に登校することになるから、ふたりをしっかり守るんだぞ」
「うん、任せてよ」
モブだが、空手は黒帯だ。変質者が現れたら撃退してやる。
「ご馳走様でした」
「あっ、食器はそのままでいいわよ。学校に行く準備をして」
「すみません。では、失礼します」
「あっ、私も」
アレクシアさんと音羽が席を離れた。僕も急がないと。
「ご馳走様でした」
「海斗、ちゃんと歯を磨いて行きなさい」
「うん」
席を離れて、洗面所に向かった。
ん? ふたりが歯を磨いている。何で音羽の歯ブラシまであるんだ?
「海斗さん、どうぞ」
「失礼します」
歯ブラシに歯磨き粉を付けて磨き始める。歯磨き粉はやはり苦い。だが、これで綺麗になるんだから我慢するしかない。
……子供扱いされそうだから、ふたりには言えないな。
「……」
何故に僕を見る。視線が怖いぞ。
「海斗、リビングで待っているから」
「うん」
音羽に続いて、アレクシアさんがリビングに向かった。
何か言いたげだったな。あとで聞いてみるか。
「あ~、苦かった」
歯磨き粉を口から吐き、水で口の中をすすいだ。
よし、リビングに行こう。
「ごめん。待たせて」
ふたりが立ち上がってバッグを肩に掛けた。
さて、これからどうやって登校しようかな。モブらしく、ふたりの後ろを歩くか。
「海斗さん、行きましょう」
「うん」
玄関で靴を履き、ドアを開けて外に出た。
最近、天候が崩れやすくなっている。気候変動が激しいのだろうか。きっと、地球温暖化のせいだ。
「海斗、行こう」
音羽が前か。そうなると、必然とアレクシアさんと一緒になる。
「どうかされましたか?」
「いや、何でも」
背筋を伸ばして歩いている。格好良いな。それに比べて、僕は猫背だ。格好悪いったらありゃしない。
「海斗、ちょっといい?」
「何?」
え? 何で隣を歩くの?
しかも、アレクシアさんも。マズいな、これは。
「海斗さん、どうしたんですか? 汗が凄いですよ」
「あのね。この状況を見て分からない?」
同じ学校に通う男子生徒が僕を睨んでいる。まだ何もしていないのに、何故なんだ。
「なるほど、私達が隣にいるから視線が気になるんだね。でも、我慢して」
「……はい、我慢します」
朝から拷問なんてツイていない。これから毎日同じことになると考えたら、ハッピーな気持ちになる。
……そのあとは、地獄かもしれないけど。
「海斗さん、私達と居ると辛いですか?」
「辛くはないよ。ただ、ふたりが素敵だから周りの視線が怖いだけだよ」
音羽が歩幅を合わせて隣に並んだ。
「昔は平気そうにしていたのに、何で怖がるようになったの?」
「それは……」
音羽が見ていないところで、いじめに遭っていたなんて言えない。そんなことを言ったら、絶対心配をかける。上手く誤魔化そう。
「男子の争いに少し恐怖を覚えた……からかな」
「そうなんだ。でも、私は海斗しか話し掛けないよ」
「何で?」
「何で?って、海斗は私の親友でしょう」
「そうだけど」
アレクシアさんが突然前に出て振り返った。
「海斗さん、私も親友になりたいです!」
「えーっと……、何故?」
「私も高梨さんみたいに仲良くなりたいです。お願いします!」
「……良いよ。でも、男子の前ではお手柔らかにお願いします」
「はい!」
親友か。響きが良いな、おい。
「では、親友になった印に手を繋いで歩きましょう」
「え? マジで言っている?」
「はい!」
音羽が軽く溜息を吐いて、僕の右手を掴んだ。
「では、度胸試しに学校まで行こう」
「ちょっと待て。いじめられたらどうする?」
「大丈夫だよ。私、海斗から目を離さないから」
「……なら、良いけど」
これから先、本当にどうなるんだろう。
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