205.すっきりしてもしていない
とりあえず、ゆっくり寝台から起き上がる。靴履こうとして頭下げただけでも気持ち悪くなったのを、アオイさんが感づいて代わってくれた。うわあ、申し訳ないなあ。ローブは自分で着られるから、ちゃんと着よう。
アオイさんは、肩の上に乗ろうとした伝書蛇たちにも声をかけてくれた。そういえば、ここは海の上だもんな。
「タケダくんとソーダくんは、ポケットに入っていた方がいい。海は大きいからな、うっかり落ちたら大変だ。ジョウと離れたくないだろう?」
『おちたらたいへんー。はーい、わかったあ』
『はい、わかりました。あおいさま、ごしんせつにありがとうございます』
「アオイさんに、親切にありがとうって言ってますよ」
「そ、そうか。どういたしまして」
おお、アオイさんが照れている。ムラクモならゴロゴロ転がったりしてるところだろうな、とおとなしくなった二匹をポケットに入れながら何となく遠い目になってしまった。幸い、当のムラクモは入口の方を確認してたから見てないんだけど。
で、大丈夫だと戻ってきてくれたムラクモと、それからアオイさんと一緒に部屋の外へ出た。廊下を通って、デッキに出る。おー、いい天気だ、ちょっとは気が晴れそう。気持ちは悪いけど。
「戻すなら海にな」
「分かってますー」
アオイさんに苦笑されながら、手すりにぐだーともたれた。あー風が気持ちいい。
……しかし、多分コンゴウさんじゃないけど誰か見てんだよなあ。ちらっと視線の端っこで確認すると、向こうの影にレッカさんと似た感じの服着てる人がいる。ってことは神官さんか……警備なのか監視なのか、はてどっちやら。
「姉上ー」
「ノゾムくん?」
扉が開いて、ノゾムくんがとことこ小走りにやってきた。アオイさんを呼んだってことは、そっちに用事があるわけか。……あれ、じゃあカイルさんは部屋に一人?
「お部屋にいなかったんで、こっちかなと思って」
「まあな……ノゾム、カイル様はどうした」
「それが、ちょっと」
「……ふむ」
困ったようにアオイさんに答えたノゾムくんの態度に、ムラクモが何か感じるところがあったのかつまらないって顔になる。と、ノゾムくんはくるりと周囲を見回してからアオイさんの手の中に、自分の握った手をねじ込んだ。
「後で」
「分かった」
あ、何か白いのが見えた。……手紙、か。ノゾムくんからか、カイルさんからか。
「それじゃ、僕はこれで。ジョウさん、ゆっくり風に当たっててくださいね。ムラクモさんも」
「ああ、ありがとなー」
「もちろんだ」
手すりに懐いたままへろへろと手を振る俺と、周囲に視線巡らせているムラクモを後にしてノゾムくんはさっさと船の中に戻っていった。ふーん、つまりアオイさんにお手紙渡すのが目的だったと。……そっか。
そのアオイさんは、弟の後ろ姿を見送った後小さくため息をついた。握った手はそのままで。
「後で、か」
「あんまり、他に知られたくないわけですね……」
「ああいう連中もいることだしな」
ムラクモがぎろりと視線だけを向けた先には、ぎくっと身体を震わせた神官さん。あー、監視の方だったか。ふんだ、ああいうのうざくてしょうがねえや。
……ところで。
俺、何でへこんでるんだろう。もしかして、カイルさんの顔見れなかったからか?
そんなこと考えてたらふと、妙に口の中気持ち悪くなってきた。これはやばい、やばいって。
「う、うぅう、おええええええ」
「わああ、ジョウ! ムラクモ、水だ水ー!」
「た、ただいまっ!」
「いやほんと、外に出ていて良かったな」
「ごーめーんーなーさーいー……」
『ままー』
『おみずをのんで、ごゆっくりおやすみください、じょうさまー』
「一応、水差しの追加を持ってきたぞ。ジョウ」
朝ご飯から何から綺麗に海に放出しきってしまったおかげで、エネルギー不足に陥ってベッドの中の人になっちまった。まずいー、口の中が胃液でまずいー。花の香りのついた甘い水の味が混じって変な感じー。
ポケットから飛び出してきた伝書蛇たちが枕元で控えてるので、もー今日はこのまま寝てやろうか。
まあ、その前にやることあるけどな。
「……アオイさん、ノゾムくんから手紙、もらってましたよね」
「何だ、見ていたのか」
「見張りに見えなきゃ良いんですよ」
「まあな」
俺の言葉に苦笑して、アオイさんは握った手を開いた。小さくたたまれた紙に、走り書きで記されているのは……多分カイルさんの字だ。
『どうやら、こちらには監視がついているようだ。ひょっとしたら、総本山に入ってから君たちと合流するのは難しいかもしれない。アオイ、ムラクモ、くれぐれもジョウを頼む』
……総本山で暴れてみたいなあ、とふと思った俺、間違ってるかな。いや、太陽神さんは嫌いじゃないしレッカさんも良い人だけど。でも、コンゴウさんみたいな考え方の人が他にもいるんじゃなあ。
にしても、カイルさんが出てこないわけがなあ。
「監視、ですか」
「コーリマ王都が黒に汚染されたという事実を、総本山側も重く見ているのだろうか」
「しかしそれを言うなら、私だって黒に堕ちた兄を持つ妹なわけだが」
一瞬、アオイさんの顔が苦々しくしかめられた。
うん、トウマさんのこと、報告しないわけにはいかなかったからな。さすがにアオイさんも、ノゾムくんもへこんでたなあ。……その後2人して、剣の訓練しまくってたけど。お兄さんは自分たちがしばき上げるつもり、らしい。
「私も、兄は一度汚染されていますし、カイル様付きだし……ん」
ムラクモが少し考えて、俺の方を見た。
「もしかしてジョウ、『異邦人』だってバレてないのか」
「多分そう。カイルさんからもなるべく秘密にしとけって言われたし」
意外と、外に俺のことがバレてないってのは認識されてないらしい。まあ、部隊の中では周知の事実だもんな。だからってわざわざ、外に言いふらすことでもないけどさ。それを理解してムラクモは、「カイル様に監視がついているのはそれでか……」と難しい顔になった。
しかし、そうなるとカイルさんとノゾムくんはあんまり動けなくなるから、つまり。
「ともかく、こっちでセイリュウさんのことを何とかしないと駄目なわけか。俺が聞くのが一番手っ取り早いと思うけど」
「まあなあ……しかし、神官長は曲者だという話だ」
アオイさんが出した名前、というか肩書。ま、要するに神官さんのトップで、事実上太陽神教のトップ、らしい。名前聞いたことないし、そもそもどんな人かも知らないな、俺は。
「そういえば、その神官長さんってどんな人なんですか?」
「噂でしか聞いたことがないが、何やら相手を選ぶとか。魔力もかなりのものらしくて魔術師から弟子に来ないか、という勧誘がたくさんあったようだが、神官になりたくて全て断ったらしい」
「へえ……」
アオイさんですら噂、かあ。じゃあムラクモなんて……あー、首横に振った。情報、ほぼなしか。参ったね。
しかし……魔術師にならなかった神官さん、か。どんな人なんだろうなあ。
いや、何か怖い予感しかしないけどさ。色んな意味で。
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