206.言葉の針千本

「……地面が、地面が俺を待っているう……」


「降りてもしばらくは揺れているような感覚のままだぞ。気をつけろよ」


「はい……ふはー」


 結局二日ほど寝込んでやっと船に慣れた、と思ったところで目的地に到着した。いやマジ、絶海の孤島というか……えーと何だっけ、モン・サン・ミシェル? あれの橋かかってないバージョンみたいな感じの島。あと、もちょっと緑は多い。てっぺんに当たるところにはでかい建物が見えるけど。

 で、桟橋に降りる。あー、船の上よりはしっかりしてるー。やれやれ、何かほっとした、んだけど結局、カイルさんとは船の上では会ってない。今、コンゴウさんに案内された俺たちより後に降りてきたのが見えたくらいで。


「ようこそ、太陽神教総本山へ」


 桟橋で出迎えてくれたのは、コンゴウさんと同じ服装の神官さんだった。コンゴウさんは茶髪なんだけど、こっちはちょっと青みがかった黒。あと、垂れ目が可愛い感じの小柄な女性である。

 はっきり性別分かるのはちょっと安心、っていうか結局コンゴウさん、今横にいるんだけどマジで分からんのが恐ろしい。


「案内役の、テンクウと申します。コンゴウ、ご苦労だったな」


「いいえ。こちらはよろしくお願い致しますよ? テンクウ」


「無論だ」


 おや。コンゴウさんよりテンクウさんの方が偉いのかな? ま、そこら辺は俺の知ったこっちゃないんで、普通に挨拶しておこう。


「スメラギ・ジョウです。それと、タケダくんとソーダくん」


『よろしくー』


『よろしくおねがいします』


「おお、こちらが噂の白いお使い様でいらっしゃいますか」


『……』


 うわあ。何この人、コンゴウさんより酷くねえ? いくら珍しくても、そこまでタケダくんガン見してソーダくん無視することねえじゃん。

 ソーダくんは普通の子に見えるかもしれないけど、そもそも伝書蛇は太陽神さんのお使いだろうが。あんた太陽神さんの神官だろ、その扱いはどうよ?


『……わたし、なにかしつれいしてしまったんでしょうか……』


『わー、そーだくんわるくないよ? ちゃんとあいさつしないのはめーなんだよ』


 くそう、ソーダくんべっこりへこんだぞ。タケダくんは今の言動だけで、テンクウさんを警戒し始めたし。まあ、タケダくんがどレアなのはもう分かったからさ。


「スメラギ・ジョウの護衛で参りました、サクラ・アオイです」


「同じくムラクモです」


 タケダくん、と言うか俺とテンクウさんの間に割り込むようにして、アオイさんとムラクモがご挨拶。見事に二人とも、声が刺々しい。特にムラクモ、ここがこういう場所じゃなかったら速攻で例の縛り方をぶっかましているに違いない。……帰るまで保つかなあ、俺もだけど。

 でもまあ、それで怯むような相手ではなかった。伊達に太陽神教の偉いさんではない、ってことか。


「……サクラ様、ムラクモ様でございますね。スメラギ様とお供様、そして白いお使い様はこちらへ。お部屋を準備してございますので、まずはそちらに案内いたします」


 おい。

 白、と指定したからには、ソーダくんはお呼びでないってか。あー何かムカつく、暴言でも吐いてやろうかと思ったところでソーダくんが、おずおずと申し出てきた。


『……じょうさま。わたしはさがっていましょうか』


「何でソーダくんが下がるんだよ。俺の使い魔なんだから、一緒にいて当たり前だろうが」


『ですが、そのう……』


「スメラギ様。できますれば、そちらの伝書蛇はどこかに預けておいてくださるわけにはいきませんでしょうか? 神官長様は、白の魔女様と白いお使い様にのみお会いしたい、と申されております」


「はー、そーですか」


 テンクウさんの言い分に、俺の声にも全力で棘が生えた。

 例の神官長のご意向というやつか。つーか、部屋まではソーダくん連れてってもいいだろうに。神官長と顔合わす時に1匹だけほっとくのもあれだってか?

 そんな風に思ったのは俺だけじゃない。当然、タケダくんもそうだ。


『なんでそーだくんといっしょじゃだめなのー?』


『たけだくん。せいりゅうさんのおはなしをきけるのですから、わたしがおとなしくしてればいいんですよ』


『でもでもでもー!』


「……タケダくん、落ち着け。分かったよ、分かりましたよ」


 ああ、そういうなら預けてやるよ。ただし、預け先はあっちにいるうちの隊長さんだけどな。

 コンゴウさんは、どうやらあの二人を別のところに送り届けるらしい。コーリマの話を聞きたいってことだったから、そっちの受け持ちなんだろうねえ。

 俺は、そっちにいる二人の名前をことさらに声を張り上げて、呼んだ。


「カイルさん、ノゾムくん!」


「ジョウ?」


「すみません、ソーダくん預かっててください。神官長のおぼしめしなんだそーですよー……ノゾムくん、これ頼む」


「あ、はい」


 つかつかつかとちょっと早足で歩み寄りながら、特に後半を全力で棒読みしてやる。寝床と、それから携帯食をいくつかノゾムくんに押し付けた。ごめんな、でも頼れる人に預けたいから。

 不機嫌を隠すつもりもない俺の顔を見て、カイルさんも理解してくれたんだろう。小さく、頷いてくれた。


「……分かった」


『……じょうさま』


「カイルさんたちと、仲良くするんだぞ。ソーダくん」


『! はい、わかりました!』


 やっぱ、ソーダくんは頭が良いな。分かってくれたみたいだ。

 何かあったら、カイルさんたちを守ってくれよ。お前さんについては、俺とタケダくんが睨みをきかせてやるからな。


「言っておきますが、ソーダくんも俺の使い魔ですし、タケダくんととっても仲が良いんです。何かあったらただじゃおきませんので、そこら辺よろしく」


「しゃー!」


「は、はい、分かりましたっ」


 俺の台詞と、翼を精一杯に広げて威嚇したタケダくんにはさすがのコンゴウさんも、テンクウさんもビビったらしい。こくこくと何度も頷いた。本当だな? マジ、何かあったら遠慮しねえぞ、俺は。


「さ、それじゃとりあえず荷物置きたいんで、案内お願いしますね?」


「しょ、承知しました。こちらへ、どうぞ」


 あれ、精一杯の笑顔見せたはずなんだけど。テンクウさん、ビビりすぎだよ?

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