187.使い魔

「さて」


 街の真ん中に、低めの塀を巡らせている平屋の大きな屋敷がある。大公さんはそこまで俺たちを連れてくると、入り口の門の前で振り返った。なお、ちゃんと門番さんはいて一度頭を下げている。

 門番さんがいる屋敷、つまり。


「ここがわしの館じゃ。客間に案内するでな、滞在中はそこを使うたらええ」


「え」


 ひょい、と背後の屋敷を親指で示しながら言った大公さんに、つい声が出た。あーいや、普通に宿屋使うもんだと思ってたから、つい。お邪魔しちゃっていいんだろうか、と思うし。


「よろしいのですか?」


「じゃから、わしの国の客人にわしは安全を約束する義務がある。一番安全と思えるのは、このわしの使うとる館じゃしな」


 同じことを思ったらしいカイルさんの質問に、大公さんはわははと実年齢……よりはまだ若いだろう笑い方をしてから答えた。いやまあ、国のトップの住んでる家なら確かに一番安全だろうけどさ。

 なんていう、俺ののんきな考えを壊すように大公さんは、少し強い口調で言葉を続けた。


「皆は、黒の神の下僕について調べに参ったんじゃろ? 黒が情報の流出を恐れて、狙ってくるやもしれん。我が国の兵士が黒に溺れさせられるならまだしもな、白の魔女様に危機を及ぼすようなことがあってはならんのじゃよ。これはまあ、わしの直感じゃが」


「俺……ですか」


「そうだな。ジョウとタケダくんがいれば少なくとも、黒の魔女の被害を低く抑えることはできる」


 ああまあ、確かにグレンさんの言う通りだけど。でもそれで、シノーヨの人にコーリマの人のような被害が出たら……いや、俺が頑張ってぺたぺたしまくればいいんだけどな。


「僕や師匠なら、コーリマ王都に行った時のお守りもありますから大丈夫ですよ。でも、シノーヨの兵に守ってもらったほうが、もっと確実ですもんね」


「まあ、この坊主の言うとおりなわけじゃ。それで、よろしいかな?」


「分かりました。素直にご厚意をお受けします。かたじけない」


 タクトを当然のように坊主、と呼んでしまう大公さんの視線は優しいんだけど、さすがというかアキラさんと同じようにどこか深くて怖いものを感じる。……一国の主なんだから、当たり前か。

 それで俺たちは、大公さんのお屋敷にお世話になることになった。




 お屋敷は平屋な分、結構広々とした感じである。えーと日本の屋敷に雰囲気似た感じ。庭に緑と水が多くて、それで向こうが見えなかったりするのは警備する側としてどうなんだろう、と思ったんだけど。


「ジョウ、ジョウ、見ろ。あれは水に住む伝書蛇の亜種だぞ。かわいいなあ、青っぽくて」


「へ? あ、羽じゃなくてヒレみたいになってるんだ」


「ほっほ。この庭にはな、わしの使い魔たちがぎょうさん住んどるえ」


 警備ってそっちかーい、と目を丸くするしかねえっつーか口ポカーンっつーか。というかこの大公殿下、どれだけ使い魔連れてるんだよ?


「案ずるでない。まだ二十には届いておらんわ」


「十分多いです!」


 反射的に突っ込んだ俺、悪くないよね? 二十に届いてないってことは、十匹以上はいるってことだもんね? さすがのネネさんも遠い目になってるし。


「……あきらめな。大公殿下の魔力はそれ、歳相応以上だって言うからねえ」


「いやいや。懐いてくれた使い魔が多いだけで、力としてはカサイのご当主にはかなわんじゃろうね」


「……ラセンさん、どれだけすごいんですか」


 それでも、これでラセンさんにかなわないっていうんならそのラセンさんは、どれだけすごいっていうんだろう。いや、俺の魔術師の師匠ではあるけどさ、まだまだ全貌見えてないっていうか。本気出したら、街くらい吹っ飛ぶとかそこら辺なんだろうか。


「魔術師の凄さと言うのはの、魔力だけでは測れんもんじゃ。ついてくる使い魔の数や質、扱える魔術の種類、その魔術を使うための知能。それらを総じて、魔術師の力と言うんじゃよ」


 ぱたぱた、と飛んできた小柄な伝書蛇を手のひらに乗せて、大公さんはそんなことを言う。ああまあ、確かに馬鹿みたいな魔力だけじゃあ何もできないもんなあ。それなりに頭よくないとだし、だから俺はラセンさんのもとでいろんな勉強もしてるわけで。根本的に、文字読めないと駄目だからだけど。


「まあ、わしは勉強が苦手じゃによって。故に、魔術の大半は使い魔たちに頼んでおるんじゃよ」


「ああ、賢い子が来てくれるとほんと、うまく使ってくれますもんねえ」


「そうじゃね。例えば、親からしっかり知識を受け継いだ子なんぞはよう役に立つ」


 親から知識を受け継いだ子。


『そーだくんのことだねー。そーだくん、あたまいいもん』


『そ、それほどでもありません……わたしは、まだまだべんきょうしないとだめです』


「そうか、ソーダくんは親からいろいろ学んだんだったな」


 タケダくんと同じことを、ムラクモが口にした。うん、俺もそう思うし、つーかソーダくんはそこに満足せずにどんどん上を目指してるのが偉いと思うんだよね。

 で、その言葉を聞いた大公さんは、ふと立ち止まって振り返った。……ほんと、日本家屋みたいな廊下でさ。外からの光が意外に柔らかく入ってくるんだよね。その中で大公さん、ふむと頷いて。


「ほう。そなた、親から知識を受け継いだのか。まだまだ幼いようだが、しっかりしておるようじゃの」


「ええ。先に生まれたタケダくんの方が、どうも子供っぽいというか」


「それは個性じゃろ。それに、白は太陽神様の御使いじゃからな。二匹とも、ちゃんとお前さんのそばにいて役割を果たせばそれで良い」


『もちろんだもん! ぼく、ままといっしょにいるんだもん!』


『とうぜんです。わたしは、じょうさまのおそばにいることを、じぶんでえらびましたから』


 よしよしと撫でられて、タケダくんとソーダくんは自慢気に翼を広げた。白い翼と、青緑の翼。

 俺は、この子たちに一緒にいてもらえる魔術師に、ちゃんとなれてるのかな。

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