186.空飛ぶすーちゃん

「にしても。そうか、アキラっちと面識あるのかや。ユウゼで店を出しておったというのは、本当だったんじゃな」


 先頭に立って俺たちを案内しながら、大公さんは楽しそうに笑う。何も知らなきゃ、そこらの子供がお父さんとこに案内するねー、の図なんだけどなあ。

 まあ、もうあきらめてお相手するしかないので開き直ることにした。真面目っ子なカイルさんはまだちょっと困ってるみたいで、ムラクモとタクトは何か遠い目になってるけど。いやあきらめろよあんたら、アキラさんの幼なじみだって言ってるだろこの人。


「はい。アキラさんには、いろいろお世話になってるんです。この子たちも、それぞれアキラさんのお店でお世話になったことがありまして」


『しゃー』


 で、アキラさんの知り合いってことならちゃんと挨拶しないとなあと思って、答える。俺の肩の上から、タケダくんとソーダくんが同時にぺこりと頭を下げた。

 その反応に、大公さんが目を細める。


「おお、こりゃなかなかしつけの良い子たちじゃの。良い主を持って幸せもの共じゃな」


「ありがとうございます。俺は特に何もしてないんですが」


『ままはいちばんだもーん』


『じょうさまは、すばらしいあるじですから!』


 こらこら、大公さんにはお前らの声聞こえないっての。でも、ほめてくれてありがとうな。

 で、大公さんはうん、と一つ頷くと立ち止まり、俺たちの方を振り返った。おうやべえ、勢い余ってぶつかるところだったぜ。


「せっかくじゃし、うちの子からも挨拶させておこうかの。のう、すーちゃんや」


「きしゃー」


 ひょい、と伸ばされた大公さんの右手に、ばさりと羽ばたく音をさせて何かが止まった。視界の端をかすめた、ほんの少しオレンジがかった赤い翼の持ち主。


「……鳥だ」


「鳥じゃな。シノーヨよりも南に住んどる、ホウオウチョウという種類じゃ」


「野生ではこの辺が北限、でしたか。実物を見るのは初めてです」


 カイルさんが、呆然とした顔で呟いた。ああ、本か何かで見たことがあるのかな、この人。でも、カイルさんでも初見なわけか。

 赤い鳥は、えーと多分ちょい小さめの鶏くらいの大きさ。鶏、が比較対象に出たのは、頭にとさかがついてるからである。つーても鶏のあれじゃなくて、頭の羽の一部がみょーんと伸びてるんだけど。

 で、尾羽もえらく長い。大公さんの肩に止まると、羽の先端が膝よりも下に来る。全身が赤くて、でも何か落ち着いた感じのその鳥は、こっちをガン見していた。


「基本的には気難しい種類なんじゃが、極稀にこうやって使い魔やってくれる子がおってのう。このすーちゃんはその例外での、なかなか人懐こいぞえ」


「きしゃしゃしゃしゃ」


 ……確かに人の肩にほいっと止まるんだから、人懐こいのは分かるんだよ。ただ、ちょっとガラ声で笑うように鳴くのはどうにかならんもんか。


「美人さんなんじゃが、何しろ声が悪いのが玉に瑕じゃな」


「……まあ、聞き間違う心配はないんですがね」


 楽しそうに説明する大公さんと、あきらめたように苦笑してるネネさん。ああ、確かにまれにしか使い魔やってもらえないんなら、他の使い魔と声間違える心配ないわなあ。

 で、そのすーちゃんと、タケダくんとカンダくんがお互いに頭を下げた。


「きしゃー」


『よろしくー。ぼく、たけだくん』


『すーちゃん、でよろしいのですね。そーだくんともうします、よろしくおねがいします』


「……もしかして、使い魔同士のご挨拶か?」


「うん。まあ落ち着け」


「いやだって、伝書蛇も愛らしいがホウオウチョウもこれほどに凛々しいとは思わなくてっ」


 ムラクモ、気持ちは分かるが身を乗り出すな鼻息荒くするな。大公さんの前だ、落ち着いたほうがいいぞ。ほら見ろ、グレンさんが肩すくめて呆れてるぞ。


「きしゃー、きしゃしゃしゃしゃしゃ」


「おう、そうか。なれば、頼むぞえ」


 そのムラクモの興奮が覚める前に、すーちゃんが大公さんと何事か会話してそのまま飛び立った。すーっと上空に上がっていくさまは、結構かっこいいなと思う。

 ……タケダくんもソーダくんも翼あるんだから、空飛べるはずなんだけどなあ。いつも俺の懐か肩かにいるから、あんまり見たことねえや。


「すーちゃん、どこ行ったんですか?」


「念のため、上空から警戒するそうじゃ。白の魔女殿がギヤに参られたことを、黒が知っていてもおかしゅうはないからの」


 ずーっとすーちゃんを見送っていたタクトの疑問に、大公さんがしれっと答える。って、げっ。


「うわ、俺か。すみません、自分で警戒しないといけないのに」


「いやいや、案ずるでない」


 いやほんと、俺自身がちゃんとタケダくんやソーダくんに頼んで警戒とかしないと駄目なのに。大公さんの手を煩わせることになっちまってやべえ、と頭を下げた。

 でも大公さんは、外見年齢には似合わないちょっと怖い笑顔になって、答えてくれる。


「正当な理由で我が国に参られたからには、皆は我が国の客人じゃ。客人を守るは、国として当然のことじゃからの」


「恐れ入ります」


 カイルさんが、胸に手を当てて軽く頭を下げた。……偉いさんって、そういうものなのかな。何かすげえな。

 まあ、それで終われば良かったんだけど。


「あと、魔女殿をお守りせんとアキラっちにどつかれる気がするからのう」


 そっちかよ、と裏拳付きで突っ込みそうになって止まった俺、えらい。あと、アキラさんってそれくらいでシノーヨの大公さんをどつくもんなんだろうか。

 ……考えたら怖い考えになっちまったので、やめとこうっと。チョウシチロウ対すーちゃんの使い魔合戦になられても、それはそれで困るし。

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