125.伝書蛇の事情

 ホテルに戻って、さすが王都というかちゃんと部屋についてる風呂入って落ち着いても、タケダくんの機嫌は悪いままだった。寝間着に着替えてムラクモが「どうしたんだ?」とつついても、反応が薄い。

 そのタケダくんが口を開いたのは、リビングでルームサービスだった夕食を食べ終わった後だった。

 いや、飯自体はむちゃくちゃ美味かったんだけどな。さっぱりしたソースの掛かったステーキとか、旬の野菜使ったサラダとか、じっくり煮込んで具が全力でとろとろに溶けてるスープとか。デザートのヨーグルトが一番うまかったな、甘くなくて。

 まあ、飯は置いておく。


『まま』


「ん、どした?」


 機嫌悪いなりにそれでも伝書蛇用の夕食をきっちり平らげたタケダくんは、俺にはっきり言ったんだ。


『おしろ、ぼくいきたくない』


「へ?」


 いや、いきなり言われても。というか、嫌なら留守番しててもいいんだけどさ、何でまた。

 同じ部屋にいるムラクモが、俺の反応に目を丸くしてこっち見た。あ、鏡台で髪梳いてたんだけどな。


「どうした? ジョウ」


「いや、タケダくんが何か、お城行きたくないって」


「タケダくんが?」


 ほうそりゃ珍しい、と言った感じの反応。やっぱ、ムラクモもそう思うよな。

 何か理由あるんだろうなあと思ったんだが、とりあえず俺は思ったことを素直に言ってみる。俺はさ、フウキさんに会ってみたいわけだから。


「いや、行きたくねえならいいんだけどさ。そしたら、俺は行くからここでお留守番……」


『ままがいくならぼくもいくー』


「はい?」


 即答、さすがマザコン。つーか、自分は行きたくないのに俺が行くなら行くのか。何でだ。


「何て?」


「俺が行くなら一緒に行く、ってさ」


「……」


 ムラクモに通訳して伝えると、彼女は腕を組んで難しい顔になった。……もしかして俺、何か脳天気なことしてるか?


「城に何かあるかも知れん。王都全体にフウキ殿の結界が張られているとはいえ、それをすり抜ける術がないとは言えんだろう」


「え」


 しばし考えこんだムラクモの結論が、それだった。って、結構強力な結界のはずだろ? そこすり抜けて……って考えて、アスミさんとか思い出した。そうか、ユウゼより警戒やチェックは厳しいはずだけど、ないはずって思い込むのがおかしいんだ。

 でもそしたら、城にいる王姫様とかやばくねえかな。大丈夫かな。


「カイルさんたちに、話しといた方がいいかな」


「無論、その方がいいに決まっている」


 やべえやべえと思いながらの俺の提案は、すんなりとOKをもらえた。あ、また服着替えねえと。




「タケダくんが?」


「そら、何か感じ取ってるかもしれないな」


 押しかけた先の部屋は、俺らが泊まってるのと鏡写しの間取りになっていた。いやまあ、実は隣同士だったりするんでそういう間取りもあるよな、と思う。

 そこでのんびりしてた二人には悪いと思ったけど、まあ状況が状況なんで部屋に入れてもらってざっと説明する。

 で、まず俺がやるべきことは、そもそもタケダくんがお城を嫌がる理由を尋ねること、だった。


「タケダくん。何で、お城行きたくないんだ?」


『あのね。おうじさま、へんなのついてたの』


「変なの?」


『くろくてもやもやしたの。ぼくがみたらとれたけど、あんなのおしろのなかにいっぱいいたら、ままにつきそうでやだ』


「……そ、そうなのか」


 何だそりゃ、俺気づかんかったぞ。というか、ここにいる全員気づいてないよな、そんなん見えたら絶対カイルさんに報告するもん。

 で、タケダくんの言葉は俺にしか分からないので、そっくりそのまま通訳。お兄さんであるミラノ殿下に何かついてたってことで、特にカイルさんが顔をしかめた。


「王太子殿下に、そんなものが……」


「ということは、城内に黒の信者が紛れ込んでいるということか」


 カイルさん、ここでも殿下呼ばわりなのな。兄上でもいいと思うんだけど、まあそのへんは置いておこ。

 さすがにムラクモも、眉間にしわ寄せて難しい顔になった。一方ハクヨウさんは、同じく眉間にしわ寄ってるけれどそこまで深刻な顔じゃない。


「んー、でも穏健派の人で確かいますよね、イコンの特使」


「確かにそうなんだが」


 カイルさんが頷いたところを見ると、黒の信者はいてもおかしくないわけだ。イコンの人なら、穏健派だけど黒の神の信者だもんな。というか、一応そういう人派遣されてるんだ。

 そうなると、タケダくんの過剰反応って可能性も出てくる。何しろこの子、今更言わなくてもあれだけどマザコン、だし。けど、心配してくれてるのは事実だもんな。

 で、結論。


「とりあえず、タケダくんはジョウから離れるな。何かあったら理由をつけて城の外に出ること。そのまま王都を離れても、一向に構わない」


『ぼく、ままといっしょにいればいいの?』


「ま、そういうこった。俺も気をつけるからな」


『はあい』


 この辺が無難だろう、というところに落ち着いた。黒の変なのがイコンの特使さん由来のものであれば、ほんとに大した危険もないだろうってことだしな。

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