124.お参りの事情

「そういえば、君」


 散々弟殿を堪能したあとで、ミラノ殿下は俺の方を見た。あーあ、カイルさんめちゃくちゃ疲れてるよ、あれ。大丈夫かなあなんて思いつつ「なんですか?」と問うてみる。


「フウキ、会ったことあるかい?」


「フウキ……さんですか? いえ」


 尋ねられた名前に心当たりなかったので、首振って答えた。そうしたら、ハクヨウさんが口を挟んでくる。


「王家専属魔術師のフウキ殿ですか? 彼女、王都に来たのも初めてなんですよ」


「ありゃ、そうなんだ」


「実はそうなんです。田舎者なもんで」


 はは、と頭を掻いて軽くごまかしてみる。いや、ここで『異邦人』でーすとか言ってもややこしくなりそうだしさ。ミラノ殿下は、なるほどと頷いて教えてくれた。


「ハクヨウの言った通り、オウイン王家専属魔術師のフウキ。城にいるんだけどさ、カサイ先代の直弟子だから君、会ってみたらどうだい?」


「え、いいんですか?」


 おー。そりゃまあ、確かにラセンさんやアキラさん以外の魔術師に会える機会ってのは逃したくないけど、でも。


「その、ラセンさんからはカサイの名前盛大に利用しろ、なんて言われてきたんですけど」


「素直でいいねえ。もちろん、こっちから言い出したんだから良いに決まってるじゃないか」


「ええ、まあ、そういうことなら。ユウゼにいる魔術師さん以外とは、ほんとに会う機会がないので」


 うむ、ミラノ殿下直々に言ってこられたんなら大丈夫だよね。あんまりカサイの名前ぶん回すわけにも行かないし。ラータの街で会った間抜け親父の顔思い出しつつ、俺は素直にお願いすることにした。

 ところで、王家の専属でカサイの直弟子ってどのくらいの実力持ってるんだろう。


「すごいな、ジョウ。フウキ殿といえばコーリマにその人あり、と謳われた大魔術師だぞ。王都を守る結界をお一人で組み上げられ、今なお維持されているほどの魔力をお持ちなのだ」


「……マジか」


 ありがとうムラクモ。いや、ユウゼの街の結界でもそれなりにすごい、いやすごいんだけどさ、王都だぜ王都。

 王様から王姫様から目の前にいる王太子殿下から、がっつり守るための結界なんてものすごく強力で、かつ存在を感じさせないようにしなくちゃいけないらしい。存在とかバレバレだったら、黒の連中とかが気合入れて破りにくるだろって、ラセンさんが言ってたし。

 黒とかから王都を守るために隙間なく、でも住民たちには普段気づかれることなく張られてる結界。その構築者ってのは、強力かつ繊細な実力の持ち主じゃないと、だってさ。

 そういう魔術師さんに会って話をすれば、きっと魔術師としての俺の力になるだろう。だから、カサイの名前利用してそんな人たちに会ってこい。そういうことだ。


「そ、それじゃ王太子殿下、お願いできますか?」


「もちろん。明日の昼間なら僕も父上や母上もいないから、その間に会えるように段取りしとくよ。カイルも会ってきたらいい。もちろん、ハクヨウとムラクモもね」


「……」


 あ、やっぱりカイルさんも呼ぶんだ。でも、さっきフウキさんだっけ、お城にいるって言ってなかったっけ。確かに明日は国王陛下とか墓参りだっつーてたから、マシっちゃマシなんだろうけどさ。


「城の留守番はセージュがやってくれるからさ。それならまだ、カイルも来やすいだろ?」


「……重ね重ね、お心遣いありがとうございます」


「だーかーらー」


 そこのツッコミには心から同意する。ちょっとくらいは砕けてもいいと思うんだけどな、お兄さんなんだし。いやまあ、それができたらカイルさんじゃないんだけど。変なところで真面目で強情っていうか、な。


「カイルは僕の弟なんだから、そこ遠慮しなくていいの。弟のために兄がしてやれることなんて、大してないんだからさあ」


 ぶー、と軽く頬をふくらませるのを見て、気がついた。この王太子、タケダくんに似てるんだ。何がって言われても困るけど、何となく。


『まま、どしたの?』


「あーいや、なんでもない」


『ぶー』


 ほら。

 伝書蛇と一国の王太子が似ててどうすんだよ。本気で大丈夫かよ、コーリマ王国。


「……明日といえば、殿下。正妃殿下は、お参り大丈夫なんですか?」


 不意に、ムラクモがそんなことをミラノ殿下に尋ねた。ああ、そういや母上も、って今言ったとこだっけ。寝込んでるって言ってたのに、いくら近場とはいえ船に乗って墓参りなんて大丈夫なんだろうか。こっちはシリアスな意味で。


「うん。さっきも言っただろ、メイドがよく見てくれてるって」


 でまあミラノ殿下は、当然のようににっこり笑って頷いた。あ、この笑顔はカイルさんと似てる。やっぱ兄弟だなあ、おのれこのイケメン兄弟め。


「シーナっていうんだけどさ、彼女のマッサージのおかげでだいぶ、お身体楽になってるみたい。明日は一緒に行くって言ってたよ」


「そうですか。まあ、そりゃよかった」


「でさ、でさ。そのシーナが可愛いんだよねえ」


 ハクヨウさんがホッとしたように頷いたところで、ミラノ殿下がぐいぐい押してきた。いやちょっと待て、何でそこで強く押してくるんだイケメン兄。


「それほど可愛らしい方なのですか、殿下」


「優しいし気が付くし、母上のこともよく見てくれてるし。いやもう、皆が許してくれれば妃に迎えたいんだよねえ」


「……えらく惚れ込んでおられますねえ。うちの若にもそういう心持ちがありゃいいんですが」


「うん。ほんと、シーナ可愛いんだよ。機会があったら、カイルにも紹介するね」


「……は、はあ……」


 あー、全力でカイルさんが引いている。顔まで青くなってるし。

 ……ってことは、王姫様が言ってたメイドってその人か。つまり、国王様もそのメイドさんにメロメロってことで。ああいやまあ、分からんでもないけどな。お母さんのお世話してくれて、気立て良いらしい感じだし。


『……ぶー』


 何故かタケダくんがあんまり機嫌よくないのが、ちょっとだけ気になった。

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