36.おまもり

 早めにお風呂を出たアオイさんがそろそろ行ったかなー、というくらいまで待って、俺とラセンさんも『ユズ湯』を出た。冬だし途中から半身浴ただし胸隠して、をやってたんで湯あたりとかは平気である。というかいい汗かいた。

 で、のほほんと宿舎に戻ってきた。少し慌ただしいのは、やっぱり年末だからなのかな。こっちの場合は黒の信者が頑張ってる、という意味で。


「ただいま戻りましたー」


「ただいまー」


「あ、お帰りなさい」


 ちょうど何やら計算をしていたらしいマリカさんが、顔を上げて俺たちを確認すると笑ってくれた。それから、ここは傭兵部隊への依頼の受付口ということで作りつけてあるカウンターの中から、小さな箱を出してくる。


「ジョウさん、はい。『子猫の道具箱』からお届け物」


「子猫って、アキラさん? 俺に?」


「そうみたいよー」


「あ、ありがとうございます」


 手のひらに乗るくらいの、本当に小さな箱。それを手渡されて俺は、とりあえず頭を下げた。って、お届け物って何だろう。

 と、にゅるんと肩の上で動く気配。当然のことながらタケダくんである。


『まま、おまもり』


「え、お守り? 魔力のこもったお守り入ってんのか、これ」


 蛇の言葉に、小箱を改めて見下ろしてみる。はあ、何か言われてみればそんな気配があるような、そうでないような。普通の魔術師ならそれなりにあるはずの魔力の感知能力は、ぶっちゃけ伝書蛇に劣りまくっているのであった。ラセンさんによればそこら辺はこれからの訓練しだい、らしいけど。

 さて、俺の間抜けさは置いといて。ラセンさんが、俺がお守りという言葉を使ったのにちょっと驚いたようだ。


「あ、向こうにもちゃんとお守りって概念はあるのね。魔術とかないのに」


「魔術はなくても、神様やご先祖様を祀る習慣はあるんですよ」


「へえ。ジョウさんのいた世界、面白いですねー」


 ラセンさんもマリカさんも、何が面白いんだろうと思う……んだけど、考えてみりゃ俺にとってはそれまでの常識だったからな。違う国、違う世界の人から見たら面白いのかもしれないな。

 とりあえず、受け取ったお守りは部屋で開けるとしようか。




「おー」


『まま、すごいおまもりだねー』


「しゃー」


「カンダくん、張り合おうとしない」


 箱の中から出てきたのは、俺の世界では割とおなじみなくらいのサイズの巾着袋だった。中身は御札……じゃなくって、外から触った限りだと丸い石だな。ここまで近いと、さすがの俺もその石に魔力がこめられてることくらいは分かる。んで、何でカンダくんはこれに張り合おうとしてるんだか。

 で、箱の中には一緒にたたまれた紙が入っていた。広げてみると、多分手紙である。最初の部分が『スメラギ・ジョウ様』と俺の名前になってるから、アキラさんから俺への手紙ってことか。

 自分の名前と数字は最初に覚えたよ。だって、重要じゃねえか。な? ほかは……まだ、あんまり自信ないんだよな。


「……」


「読んでみたら? フォローしたげるから」


「あ、はい。お願いします」


 そう考えてたらラセンさんがそう言ってくれたので、頑張って読んでみることにした。

 そして。


「……それでは、無事、えーと……年越しを迎えられますように。ネコタ・アキラ」


「はい、お疲れ様。六十点かなあ」


「うぐ、厳しい」


 と、こういう結果であった。

 ちなみにこっちの言葉、文法としては英語に近い感じかね。文字自体、アルファベットによく似てるし。それを日本語みたく認識できるのは、こう言っちゃなんだが黒の連中のおかげってことか。


「まあ、二週間でこれならなかなかのものよ」


「それは自信持っていいんですか?」


「もちろん。店主さん、ちょっと難しい言い回し入れてたけどそれ読めたしね」


「あはは……」


 いじめっ子だー、こんちくしょう。向こうでいうところの難しい四字熟語とか、そういうのをちょいちょい入れてくるんだもんな、アキラさん。

 なお、手紙の内容自体は割と簡単だった。要は俺のために作ったお守りなので、年が明けるまでは肌身離さず持つように、とのこと。そうでないと、黒の神の影響にとっ捕まる可能性が高いらしい。

 年末はどうしても太陽神の力が弱くなるので、対立してる黒の神が力を増す。それに乗じて信者とか手下の悪霊とかが、人間の手下を増やすために主に心理的に悪影響及ぼしてくるんだそうだ。


「黒の神って、えらくアクティブなんですね」


「年末だけはね。普段は信者が暴れてるだけなんだけど」


 その話を聞いて俺が呆れたように言うと、ラセンさんはふうとため息をついてみせた。本当なら、生まれた年の年末はご先祖様が守ってくれて、年明けに守護の力を太陽神からもらえるらしい。


「『異邦人』の何が問題って、ここなのよねえ。私たちと違って、最初の年末を守ってくれるご先祖様がいないわけだし」


 要するに、そういうことだ。俺はこっちの世界で生まれたわけじゃなし、当然ご先祖様はこっちの世界にはいない。はて、あっちの世界にいるんだろうかとかそういうことは考えないようにしてる。いるかいないか、分からんしな。


「それで、保護された『異邦人』の中にはもう、取り返しの付かない状態になってた者もいるみたい。私はほとんど『異邦人』と関わりなかったから、あまり知らないんだけどね」


「そうなんですか」


 ……武田のやつ、大丈夫だろうな? こっち来てたら、の話だけど。取り返しの付かない状態ってやっぱり、黒の信者になりきっちまうとかそんな感じなのかな。さすがにエロ方面はない、と思いたい。勝手だけど。

 それはともかく、今は俺自身の話だ。俺だって、変な影響を受けたくはない。アキラさんもそのためにお守りをくれたわけだし、それにラセンさんもこう言ってくれたから。


「カイル隊長から、守ってやってくれとは言われてるし、任せなさい。私としても、大事な弟子を取られるわけにはいかないもの」


「すみません、お願いします」


『ままは、ぼくがまもるからね』


「おう、ありがとうな。タケダくん」


 まだまだつたない言葉でそんなふうに言ってくれたタケダくんのためにも、俺は負けねえぞこんちくしょう。人を勝手に女にしやがってエロいことしようとしやがって、誰がてめーなんかの信者になるか。あほー。

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