34.湯船で会話
「カイル様にお使いを頼まれててね、王都まで行ってたんだよ。何とか年内に終わらせられてよかったよ、ほんと」
「お使い、ですか?」
風呂屋に時間制限がない、というのはけっこう助かる。のほほんと浸かりつつ、俺とラセンさんはアオイさんの話を聞くことにした。ハナビさんも楽しそうに聞いているのは、コクヨウさんから聞いたりしてるのかねえ。
「うん。王族貴族の中にはね、伝書蛇が持ってきた文は正式じゃないから受け取らないなんてお抜かし遊ばされる方々も多いから」
「うわ、めんどくさ」
思わず本音が出る。いや、どこでもお偉いさんってそういう頭の固い人とかいるだろうけどさ。伝書蛇、便利なのになあ。な、タケダくん。
「だろう? それで、あたしが行ってたわけ。返答の持ち帰りもあったしね……それで時間食ってさあ」
「てか、返事持って行かなくていいのかい?」
「ハーナービー……自分で風呂に引きずり込んどいて、今更何言ってるんだい。とっくに部下に持って行かせたよ」
「あらら、そこら辺はごめんねえ」
……それはそれでいいのか。要するに、手紙の返事がちゃんとカイルさんに届けばいいわけだしな。しかしハナビさん、どういう展開からアオイさんのことここに連れ込んだんだろ。しゃべり上手いのかな……まあ、ある意味客商売だし。
ふと、アオイさんが俺の方を振り返った。最初のちょっときつい感じの視線じゃなくて、まるで珍しいモノ見てるような興味津々の顔ってなんだよ、一体。
「そんで、ジョウ? あんた、何でまたうちに入ることになったわけ」
「あー……その、俺『異邦人』なんです。それでヤバかったところを助けてもらいまして、その縁で」
「ありゃ」
「あら、そうだったの」
「ハナビさん、ここらへん内密にー」
「OKOK、秘密は守る主義よん」
あーもう、ぶっちゃけてしまえ。ハナビさんにも聞かれちゃったけど、ラセンさんのしー、という人差し指立てる仕草に頷いてくれたし、いいよな。
それを聞いてアオイさんは、自分の髪をかなり乱暴にがしがしと掻いた。何か呆れ顔、してるな。
「それじゃ、しょうがないか。カイル様、文字覚えなさいとかおっしゃっただろ?」
「あ、はい。最初にちゃんと話をした時に、修得するまではうちにいなさいって言ってくれました」
「やっぱりねえ」
あー、やっぱりもともとああいう性格だよね、あの人。うん。
とはいえ、確かに文字ぐらい覚えておかないとほんと、働き口少ないんだよね。お店とかの下働きとかでも文字必要なことあるみたいだし。『異邦人』である俺には実家も後ろ盾もないから、そのあたりをカイルさんは気にしてくれたんだよな。
そしたら、今度はハナビさんが身を乗り出してきた。わあ、商売道具たるおっぱいがゆらん、と揺れて迫力。
「あたしは『異邦人』の人ってあんまり知らないんだけどさ、元いたとこと生活習慣とか違って大変じゃないかい?」
「それが、案外違わないんですよねえ。食事の時とかも特に問題なかったですし……苦労したのはやっぱり文字くらいですね」
「それはまあ、しょうがないね。ずっとこっちの人間でも、田舎だと読めないことあるし。てか、あたしもこの街来てから覚えたんだよね。地元だと勉強できないから」
「あたしが教えたのよねー。もともと頭の出来はいいから、すいすい覚えてくれて助かったよ」
へえ。ハナビさん、アオイさんに文字教わったんだ。ユウゼの街だと文字と計算は必須科目、らしいから、そりゃ勉強しないとなあ。俺もぼちぼち読めるようにはなってきてるけど、まだまだ書類作成とかはできないし。
そんなこと考えてるうちに、アオイさんたちの興味は別のところに移動していた。ラセンさんに、鋭い質問が飛ぶ。女性って結構、話ぽんぽん飛んだりするんだよな。これも慣れないと……駄目かあ。はあ。
「てかラセン、この子あんたの弟子だって? 見どころあんの?」
「六属性使えるんですよ、彼女。それとほら」
ラセンさんがさらっと答えた後、横に置いていた桶をひょいと持ち上げた。中に入っているのは薄緑色のカンダくんと、真っ白のタケダくん。
「ろくっ!? それにわあ何、アルビノお!」
『わ、びっくりしたあ』
「しゃあ」
いきなり桶持ち上げられて、そりゃびっくりするよなあ。タケダくんはのんきにびっくりした、なんて言ってるだけだけど、カンダくんが割と分かりやすく怒ってる。桶動かしたの、お前の主のラセンさんだぞ。怒るならそっち怒れ。
それはともかく、俺も参戦しないとな。人の伝書蛇に何してるんですか、師匠。
「タケダくん、って言います。大丈夫か?」
『ままー。うん、だいじょぶ。ちょっとびっくりしただけ』
「お前は、もうちょっと危機管理意識を持ちなさい。のんきすぎるんだよ」
思わずツッコミ入れてしまった俺は悪くないよな? ラセンさんもアオイさんもハナビさんもやれやれ、という顔してるし。うん、俺は悪くない。というか、のんびりした性格なのはちょっとだけ俺も責任あるから、教育し直すべきか。
で、アルビノであるタケダくんをまじまじと見つめてアオイさんは、軽く肩をすくめた。
「つか、アルビノてよく見つかったよねえ」
「あれ、報告聞いてません? こないだ『子猫の道具箱』で黒騒ぎがあって、その時に」
「黒騒ぎか、年末だねえ」
ラセンさんにそう言われて、まるで年末セールか正月用大売り出しみたいな言い方をするアオイさん。ということは、あれ毎年恒例なのか。もうちょっと平和な恒例行事やってくれよ、寒いんだしさあ。
うんうんと納得したところで、アオイさんは俺に向き直った。あ、あれ? 何だろう、あのわーい面白そうなおもちゃ見つけちゃったぞー、みたいな笑顔は。
「なるほど。生まれたところで一目惚れされちゃったわけか、あんた」
「はい」
「ま、伝書蛇は主を見誤ることはないっていうし、その子が一目惚れしたんならマジでモノになりそうってことか。こりゃ、先が楽しみだねえ」
………………ぞくり。
あー、何故か一瞬背筋を悪寒が走ったけど、何だろうねえハハハ。現実逃避しようか、俺。
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