27.いろいろと大変

「はー」


 薬飲んでしばらく横になってると、だいぶ楽になった。ラセンさんもマリカさんも、それぞれお仕事があるのでもう部屋にはいない。

 楽になると、暇でしょうがない。これは言ってるほうが贅沢だって分かるんだけどな。傭兵部隊にいて暇ってのはつまり、世の中平和ってことだし。

 ……正直、実感ねえし。今まで俺がやってきたのは文字の勉強と魔術の勉強で、つまりある意味学生の延長線だもんよ。人と戦って殺すなんてこと、まだまだ遠い世界のことだし。目の前で、見てるのにな。


『まま、だいじょぶ?』


「おう、おかげさんでな。あの薬、結構効くわ」


『よかったー』


 そんな中でタケダくんの存在ってのは、何て言うかなあ。すごくほっとするというか。何しろ、のんきな子だからな。

 ……少々マザコンの気があるようなのは放っておく。言って治るもんじゃねえし。


『まま。おいかけっこしてる』


「んあ?」


 タケダくんが窓の下を見下ろしてるので、俺も釣られて覗いてみる。

 おお、分かりやすく怪しい黒フード一味が突っ走ってやがるな。それを追いかけてるのは、こないだ俺と一緒に怒られた脳筋トリオだ。


「待ぁてー!」


「待ちやがれ!」


「てめえ潰すぞ!」


「……こういう時は役に立つなあ」


 分かりやすく強面の三人組は、脳筋なだけあって腕力と持久力はものすごくある。そいつらが追いかけてるもんだから、まあ上から見ても黒フード一味が疲れてるのが分かる。

 足が速いわけじゃないんでそうそう追いつかないんだが、何しろしつこいからな。カイルさんやハクヨウさんといった頭脳担当が上手くやってれば、そのうち捕まるだろう。

 宿舎の前走ってることでも分かるように、連中は裏道を使っている。で、表と違って裏はあんまり開けっ放しの家はない。それなりに物騒なのは住民も分かっているし、時期が時期だからな。よって、どっかの家に入り込んだりする、ってのはまあ、ない。


『まま!』


 タケダくんの、鋭い声が飛ぶ。それとほぼ同時に黒フードの一人が地面を蹴って、こっちに飛び上がってきたって何でだ! いや、さすがに三階の窓に突っ込んでくるとは思わねえよ、ったく。

 あっさり窓枠に手をかけてひょいと飛び込んできた黒フード。中身は分かりやすい、チンピラの男だった。ああもう、なんでこうこの手の連中はビジュアル的にそのまんまなんだよ。


「おとなしくしろ、小娘!」


 とっさにタケダくん引っ掴んで背中に隠したところで、刃物突きつけられた。これはあれか、人質ってやつか。


「つーか、何でこんな面倒くさいところに人質取りにくるんだよ!」


「ここなら、傭兵どもが来るのに時間がかかるからな」


 思わず聞いてみたら素直に答えてくれた。いや、それでいいのか?

 ……まあ、建物の三階だし、確かにエスカレーターもエレベーターもないのに下から上がってくるのには時間かかるわな。って、納得してどうする、俺。

 もちろん、おとなしく人質にされてるつもりはない。タケダくんが手の中にいるのは、ちょうどいい。魔力を、ばれないようにゆっくりと渡す。あ、まだだぞ。何かきっかけがないと、な。


「それで? そもそもあんたら、何しに来たんだよ」


「言うと思うか?」


「主張もねえのに傭兵に追われてるんなら、食いっぱぐれてこそ泥とかそのへんか」


「挑発しても無駄だぞ? 何、お前にも黒の神の素晴らしさが分かる日が来る」


 来ねえよ、とは心の中だけで突っ込んでおこう。その黒の神のせいで俺は今、本来なら経験するはずのなかったイライラと腹痛に悩まされてんだからな。冗談じゃない。

 と睨みつけてる黒フードの向こう、窓の外。ちらり、と見えたのはこの二週間でそれなりに見慣れた、一つ結びの黒髪だ。うん、来てくれるならあんただよね。


「タケダくん!」


「しゃあああっ!」


 名を呼ぶが早いか、タケダくんは俺の肩の上に飛び乗って口からビーム発射。怯んだ黒フードにずどんとぶつかり、弾き飛ばされる。

 どうでもいいがあの当たり方、ビームというよりは物理攻撃、ハンマーとか棒の先とかでどついた感じに近い気がするんだが気のせいか。こっちの光のビームって、質量攻撃なのかね。

 ま、それはともかく。


「後は任せて」


「任せる、ムラクモ」


 黒髪の主、ムラクモがひらりと窓枠及びその下の壁にぶつかってうめいてる黒フードを飛び越えるようにして入ってきた。

 で、ムラクモはくるりと振り返ると、片足をひょいと上げた。これはあれだ、何かを踏んづける仕草だ。何となく気がついて俺は、ふいと目をそらした。


「女性の部屋に窓から侵入するとは、この不心得者め。天誅!」


「みぎゃああああああああああああああああああ!」


 あー、ご愁傷様。

 どこを踏まれたとは言わないが、男に攻撃するのなら最大の効果を上げる場所とだけ言っておく。……二週間前まで男だったんだから、それなりに分かるんだよなあうわあ直視しなくてよかった。




 それからざっと数分ばかり、ムラクモの黒フード男を一部だけ男じゃなくする勢いの暴力は続いた。俺は見てないし聞いてないからな。自分の身に置き換えてぞっとしたくねえんだよ。いや、今女だけどさ。


「終わった。部屋を占領して、済まなかったな」


「ああ、いいんだけど」


 えらくスッキリしたムラクモの足元で、泡吹いて白目剥いてる黒フード男が割と特殊な縛り方で拘束されていた。……えーと、見なかったことにしよう。


「それ、どうするんだ?」


「無論、裏を吐かせる。今度は手加減なしでな」


 尋ねてみた時の爽やかな彼女の笑顔に、俺は女になってよかったと何故か思ってしまった。いやだって、さっきのでも十分痛めつけられてただろうに、どうやら手加減してたらしいし。


「ジョウ。何なら、とどめを刺しておくか?」


「俺の部屋ではやってくれるなよ。掃除するのがめんどい」


「それは済まなかった。確かにそうだな」


『まま、しんどいのに。ぶー』


 タケダくん、お前はまっすぐに育ってくれよ。できるだけ、ムラクモの影響は受けないようにな。


「……タケダくん。そうか、主を守ったのだな……はああ」


 ムラクモも、黒フード踏んづけながらうっとりとニヤけるのやめてくれよ。使い魔の情操教育に悪いだろ、ったく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る