26.女って大変

 そんなこんなで、どたばたしているうちに二週間ほどが経った。

 こっちの世界ではカレンダーは固定で、だからどちらかと言えば室内装飾というかタペストリーみたいなのが売られている。俺の部屋にも、シンプルなやつを一枚掛けてもらった。

 数字はどうにか読めるようになって、文字は……ローマ字に似てることもあってこれもぼちぼちだけど読めるようにはなってきた、と思う。まだ、自分で書くとド下手クソらしいけれど。

 で。


「……だるー」


 ただいま俺は、女の身体になってある意味最大の試練、の真っ最中。

 巡りの物、こと要するに生理だよこんちくしょう。何でこんなにだるいんだよ、女大変だな。これ毎月やるのかよ。

 てか、この理由のないイライラは何だよ。これも毎月来るのかよ。勘弁してくれよ、まったく。


「初めてだものねえ。それも、年が年だし」


「遅いときついんすか?」


「そうらしいわよ。あんまり表立ってする話じゃないから、よく知らないけどね」


 俺の看病してくれながら、ラセンさんが苦笑を浮かべる。俺はベッドの中で、枕抱えてぐったりしている最中だ。腹、というか股間がむずむず痛いのと、身体全体がだるいのとで起きられないんだよな。


「あ、そのイライラも巡りの物が原因だから。体内のバランスが崩れるから、みたいね」


「うえー」


 ラセンさんは平気な顔してるけど、考えてみたら彼女もこれあるはずなんだよなあ。平気、なのかね。

 よっこいしょ、と寝返りを打って向き直って、尋ねてみる。


「ラセンさん、こういう時平気なんすか?」


「もう慣れたわよ。私はイライラじゃなくって、落ち込む方なの」


「あー」


「個人差があってね。慣れても寝込んじゃう人もいれば、パッと見ていつ来たのかわからない人もいるのよ」


 えらい個人差だなあ。俺はきつい方、なんだろうか。いや、きっと初めてだからだ。そのうち慣れて、楽になる。というか楽になれ。毎月これじゃ、マジでしんどくてたまらねえよ。


「ジョウさーん、大丈夫ですかー」


 扉の向こうから、マリカさんが顔を出してきた。つかあんたら、えらく楽しそうだけど何でかね。人のしんどいの見て楽しいわけじゃなかろうに。


「ラセンさんもマリカさんも、俺の看病とか楽しいですか?」


「そりゃ、どうせ看病するならむさいおっさんより可愛い女の子でしょうが」


「美形の兄ちゃんもいるでしょうが」


「見慣れると大したことなくてね。それに、おとなしく寝ててくれると思う?」


「……思いません」


 すまんマリカさん、確かにそうかもしれない。まあ俺としても、可愛い女の子の看病の方が力が入るというか……って、今は俺も女の子だった。しかもどうやら、可愛いレベルに入るらしい。

 いや、自分で自分の顔見て可愛いなんつったらナルシストだろ? 他人の顔として見れば確かに可愛いんだけどさ。でも、俺だし。


「痛み止め調合してもらったから、気休めに飲んでおいてね」


「気休めでもないよりマシです……すんません」


 マリカさんがマグカップに入れてきてくれた薬を、何とか起き上がって口にする。

 あーうん、苦くはないけど何というかこう、なんとも言えない味って分かるか? 甘くもねえし辛くもねえけど、微妙ってやつ。色は分かりやすい青汁チックな緑色なんで覚悟してたんだが、ある意味拍子抜けだな。


「あはは、変な味でしょ。でも、割と効くから安心しなさい」


「そら助かります」


 笑うなよ、ラセンさん。変な顔してたんだろ、俺。でもまあ、飲めなくはないからいいんだけど。

 で、飲み干したところでラセンさんは、俺にこんなことを言ってきた。


「それと、落ち着くまで魔術の練習はしないでね」


「落ち着くまで?」


「巡りの物の間って、気分にむらがあるでしょう。慣れれば何とかなるんだけど、慣れないうちは魔術が暴発する可能性があるから……特にジョウさんの場合はねえ」


「マジすんません」


 そういうことなら、しょうがない。

 文字の勉強と平行して、基本的な魔術の勉強も始めている。ラセンさんの教え方は大雑把というか実践あるのみって感じで、まあ文字が読めない以上魔術書も読めないのでしょうがないんだけど。

 で、例えば火の魔術であれば火種を、水の魔術であれば水滴を、って感じで手の上に出すことはできるようになった。あ、小さくできたって意味な。


「火種だって言ってるのに、いきなり火柱出しちゃうんですもんねえ」


「マリカさんもごめんなさいって! ちゃんと天井、直したでしょうが!」


 そういうことである。制御がちゃんとできなかったので、周囲に被害が出たわけだ。人のいないところでやってたのでけが人とかが出なかったのは良かったんだけど。

 つまりラセンさんの言ってるのは、このイライラが影響してまた暴発しかねないってことだ。


「まあ、そういう時のためにも使い魔がいるんだけどね。魔力を一定量渡すだけなら、そうそう下手なことにはならないし」


「あ、なるほど」


『ままがたいへんなあいだは、ぼくががんばる!』


 枕元でぱたぱたと上機嫌そうなタケダくんに、俺込みで全員がつい笑ってしまう。いやまあ、こいつは産まれてすぐから何気に魔術の制御はうまかったしなあ。ほんと、落ち着くまでは世話になるぞ。

 ……そういえば。


「念のため聞くんですが、男はこういうのはなしですか」


「聞いたことはないわね。損よねー、女って」


「……ははは」


 やっぱりねえのかよ。

 いやまあ、朝立ちが影響して暴発とか、あったらやだけどさ。中身男としては。

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