25.ここは違う世界
文字、か。
「……そういえば」
ふと口をついた言葉に、カイルさんとラセンさんの視線がこっちを向くのが分かった。
文字、って言えば気になってたこと、あったんだ。せっかくだし、聞いてしまえ。
「俺、こっちの文字は読めないんですけど会話はできるんですよね。元の世界と同じ言葉を使ってるわけじゃないと思うんですが、何ででしょう?」
「それはもう、黒の神の信者たちの都合ね」
「は?」
「こちらの言葉を理解できなければ、あなたを操れないもの」
ラセンさんのある意味身も蓋もない答えに、どう反応したらいいものか。マジで困ってしまって、ついカイルさんに目を向ける。
そのカイルさんは少しの間視線をふらふらさせて、それからしょうがないなあ、というようにため息をついた。もしかして、説明していいものかどうか迷ってたのかな。
「ああ……その、人を支配下に置く魔術はあるんだ。黒の神の信者が主に使うもので、あまり良いものではないんだが」
「もっとも、たまに尋問で使うときはありますけどね」
困り顔のカイルさんと、平然とツッコミ入れてくるラセンさん。このへん、考え方の違いがあるのかね。それとも、ラセンさんのほうが肝が座っているのか。カイルさん自身があんまり好きじゃない魔術、なのかも。
「ただ、魔術をかけて支配下に置いたとしても、その後は言葉で命令して動かさなければいけない。君がこちらの言葉を理解できなければ、そもそも命令しても意味が分からないだろう?」
「………………なるほど」
言われてみれば、そうか。少なくとも、こっちの言葉を理解できなければ俺は今、こうやってカイルさんやラセンさんと話をすることもできないんだよな。
それと同じことを、俺をこっちに引きずり込んだあの連中も分かっていて、だから俺はこっちの言葉を、分かる。
「恐らく君は、こちらに引きずり込まれた後黒の信者どもの支配下に置かれた。その命令のままに儀式の間に入って」
「そこで、カイルさんたちに助けてもらった、と」
「そういうことだね」
……うわ、ぞっとしねえ。
そりゃ、助けてもらうまで記憶ないわけだよ。うん、そういうことにする。操られてた時のことなんか、覚えてたくねえし。
てことは、助けが来なければ俺は、何にもわからないままに年齢制限のある世界に突入おとなになっておめでとう、んなわけあるか。
ふと、カイルさんの目がちょっと凹んでる感じなのに気がついた。俺をじっと見てる目が寂しそう、というか何というか。
「本当なら、あまり表に立たせるつもりはなかったんだ」
「表に、ですか?」
「この場合は、魔術師としての修行を勧めることだな。ああ、もちろん伝書蛇がいるのだから必要なことは分かっている」
何か、言葉選んでるか? 言いにくいこと、あるんだろうか。
あるんだろうな。それでも、言わなくちゃいけないのはこの人が、責任者だから。
肩の上でタケダくんが、小さくぱたんと翼をひとつ打った。そのかすかな音が引き金になったのか、カイルさんは意を決したように口を開く。
「君の世界がこの世界のように戦があるのが当たり前、武器や魔術の心得があるのが当たり前だとは限らないからな。俺たちには想像もできない世界だが、別の世界なのだから有り様が違ってもおかしくはない」
もう、カイルさんの表情は凹んでない。ものすごく真剣で、まっすぐに顔を上げている。ラセンさんも口を挟むことなく、俺に目を向けている。
「俺たちは他人を殺すことも仕事のうちだし、弱ければ殺されるかもしれない……そういう世界で生きている。けれど、君は違うだろう?」
「……はい」
聞かれて俺は、素直に頷いた。
敵を殺し殺されるなんて、俺にとっては架空の物語の中の話。もしくは、遠いどこかの世界の話でしかなかった。目が覚めた直後、俺の周囲で繰り広げられた光景は現実だったけど、俺にとっては何だかぼんやりとした、幻に思えた気がする。いきなりだったんで、頭が理解してなかっただけかもしれないけど。
そんなことを考えている俺の意識を引き戻すように、カイルさんは「ただ」と言葉を続けた。
「今後、黒の神の信者が再び君を狙ってこないとは限らない。君が少しでも魔術を心得ていれば、それに対抗することはできる」
「……そうですね。守ってもらえるとは限らない」
分かる。傭兵さんたちはそれぞれに仕事がある。俺にばっかりかまけているわけにはいかない。
警察の仕事も兼ねてるみたいだし、普段から忙しいだろう。
だったら、俺は何とかして、自分で頑張るしかない。幸い俺には、タケダくんもいるわけだしな。
「本当に、こちらの面倒事に巻き込んでしまって申し訳なく思う。だがジョウ、君自身の身を守るためにも、俺の部隊で魔術師としての腕を磨いて欲しい。頼む」
「分かりました。俺も、やるべきことが分かったんで何かスッキリしましたよ。後、面倒事は黒の神の信者が悪いんで、カイルさんが謝ることじゃないです」
だから、俺はもう一度頷いて、それから本音をぶっちゃけた。いやマジで、あの連中が悪いんだろが。タケダくんももうちょっとで持っていかれるところだったしさ。
「それは私も、普段から言ってるんだけどねえ。隊長、気にしすぎなんですよ。隊長が、余計なことまで責任背負い込むことないですから」
「……そうだろうか」
というか、な。
ラセンさんも指摘してるけどカイルさん、絶対苦労性だよ。自分自身に関係ないところまで謝っちゃってるし、さ。
この人放っといたら、絶対自滅する。さすがに命の恩人ほっとけねえや。
んなこと、声に出しては言わないけど、な。
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