28.男も大変

 ムラクモが縛り上げた黒フードは、グレンさんがやってきて持ち出してくれた。ムラクモはそのまま引きずって降ろすって言ったんだけど、俺が止めたんだ。


「ほら、俺階段から落ちてこっち来ちゃっただろ。あの時の痛いのとか思い出しそうだから、やめてくれるか?」


「っ! そ、それは済まなかった」


 まあ、そういうわけでさ。いや、既に立ち直れそうにないレベルのダメージ受けてるっぽいけどその上に階段がんがんとか、やっぱりなあ。


「まさか、三階まで跳躍できるとはな。外壁の警戒魔術の確認を、ラセンに頼んでおくよ」


「いや、こっちもうっかりしてました。済みません……というか、そういう魔術もあるんですね」


 黒フードを肩の上に担ぎ上げながら、グレンさんは小さくため息をつく。警戒魔術っていうとあれか、アルなんとかとかなんとかコムとかの魔術版かね。


「傭兵部隊の宿舎に取り入れるのは珍しいが、領主や大商人の屋敷にはよく使われているな。暗殺者や泥棒の侵入を防ぐためにね」


「あー、そりゃ必要ですよね」


「そうだな。……ああ、急いで失礼するよ。女性の階に長々といるわけにはいかないからね」


「その通りだ。ジョウは体調不良でもあるので、その粗大ゴミをさっさと片付けねばならん」


 こういうところ、グレンさんは気遣いの人だと思う。コクヨウさんとか脳筋トリオは絶対気にしないだろ、んでムラクモに天誅くらったり食堂のおばちゃんに叱られたりするんだ。

 逆にムラクモは……何か言いたい放題だなあ。初めて会った時はこんな子だとは思わなかったぞ。

 まあ、いつまでも特殊な縛られ方で泡吹いてるのも何だし、後は押し付けてしまえ。


「済みません、ありがとうございます。……後はえーと、ムラクモがやり過ぎないようによろしく」


「……気をつける。さすがに、男としては見てはいられない」


 ひそひそとお願いしたら、す、と目をそらすグレンさん。あ、顔が青ざめてる。あれは見たことあるか食らったことあるか、どっちかだな。

 いや、どっちかは聞かないよ? 武士の情けってやつ。




「大丈夫なのか? ジョウ」


「マリカさんが持ってきてくれた薬、結構効いてるみたいなんだ。もうしばらくは大丈夫だよ」


「そうか。きついなら言うんだぞ?」


「分かってるって」


『まま、だいじょうぶ?』


「おう、大丈夫だぞ、タケダくん」


「……ムラクモ、顔がにやけているぞー。相変わらず使い魔好きだな、お前は」


 まあ一応気になるので、タケダくんを肩に乗せて下までついていった。例の薬はまだ効いているらしく、宿舎の中歩くくらいなら大丈夫だろうと思ったからだけど。

 てか、ムラクモの使い魔スキーって大丈夫なんだろか。もし相手が使い魔出してきたりとかしたら、なあ。

 それはともかくとして。ちょうど階段降りきったところで、廊下の向こうから脳筋トリオが黒フード数人引きずってきた。ああよかった、こっちは普通にぐるぐる巻きだ。もっとも、フードの中から見えた顔がぼっこぼこだったんで、どっちもどっちか。

 で、脳筋トリオの言うことには。


「おら、てめえら! 八百屋さんに何しやがったあ!」


「あの美味い肉屋が潰れたら、俺ら正座で説教どころじゃねえだろうがあ!」


「女将にしばかれるその恐ろしさ、てめえにも思い知ってもらおうかあ!」


「そこか、お前ら」


 小さくため息をついたグレンさんのぼそっとした一言に、三人はピタリと足を止める。そして、三人揃ってぎろりとこっちを睨んできた。


「そこだろうがよ! あの八百屋さんの野菜があったから、俺はピーマン嫌いを克服出来たんだぞ」


「焼肉定食が安いのは、肉屋さんが安く入れてくれるからだろうが。その店を潰しにかかるとか、許すわけにはいかねえな」


「そして店が大変な事になれば当然、食堂の飯がえらいことになる。女将の怒りを買いたくはねえぞ、俺たちは」


「……黒フード軍団、商店街荒らしに行ってたんですか」


 脳筋ズの言葉の内容から推測した結論。俺は、それを言葉にして尋ねてみた。こらてめえら、今の今までグレンさんしか見えてなかっただろ。確かに傭兵稼業のおっさんたちと比べたら小さいけどよ。


「お、おういたのかジョウ」


「まあ、そういうことだ。売上金に手を付けた様子はねえから、単純に店を荒らしたかったらしい」


「全く、黒の信者どもは何を考えているのやら」


 三者三様にこくこくと頷く。ああうん、金目当てじゃないとなると確かに何考えてるんだろうなあ。単なる愉快犯にしか思えねえよ、ったく。

 で、脳筋その一がグレンさんの肩の上に目をやった。自分たちが引きずってるのと同じ、黒フード。


「んでグレン、そいつは」


「ジョウの部屋に飛び込んできて伝書蛇にノックアウトされた上」


「私が天誅を下した」


「……」


 その一の質問にグレンさんとムラクモが肩をすくめながら答えた、その瞬間。

 脳筋トリオが一斉に後ずさった。あ、あんたらも経験者か。見たかやられたかはともかくとして。


『まま、なんでみんな、ひいてるの?』


「人間の男の急所を痛めつけられた、哀れな犠牲者を目の当たりにしたから」


『?? よくわかんない』


「分からなくていい」


 うん、単性生殖らしい蛇のタケダくんにはそういうの、あるかどうかも分からないしな。


「……生きてるのか?」


「殺してはいない。一部は知らんがな」


 脳筋その二の恐る恐るの問いに、とっても明るい笑顔でムラクモが答える。内容的には酷いもんだけどなー男としてなー。はっはっは、もう全力で引きまくってるのが分かるよ。


「何なら、お前たちの連れているそれにも慈悲を与えてやってもいいぞ?」


「……どうしても吐かないようなら、頼むことにする」


 脳筋その三、その判断は賢明だ。多分、こうなりたくないなら吐け、で何とかなりそうな気はするんだけどな。

 いや、何とかならなくても知らないけどな。ムラクモが楽しいだけで。

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