23.お説教

「ようし、やっと片付いたね!」


 傭兵五名の取っ組み合い及び魔術師見習いの端くれにも及ばない小娘、ただし外見のみの魔力ぶっかましによる食堂内装の大破。

 この埋め合わせを、俺と五人の傭兵は身を持って償う羽目になった。ま、要するにお前らの手で直せやゴルァ、ということである。もちろん魔術による修復はなし。いや、俺できないけど。


「まったく。カイル隊長の部下じゃなきゃ、塀の外に叩き出してるところだよ」


 腕組んで仁王立ちして俺たちの作業を監視していた、厨房のおばちゃん。彼女が今、この場では最強だった。当然だろう、厨房の主なんだから。おばちゃんがいなければ、A定食も魚の唐揚げ定食も食べられないんだよな。

 で、脳筋三人組とグレンさんは店内の片付けを担当していた。俺とタクトは洗い物担当。ははは、洗剤いいもの使ってるなあ、あんまり泡立たないけど油汚れとか綺麗に落ちるぞ。木の皿なのに、コーティングでもしてあるのかね。


「……女将、誠に済まなかった」


 五人が暴れる前の常態に無事戻った店内で、グレンさんが深々と頭を下げる。わあ、頭頂部は綺麗な赤なんだな、グレンさんの髪。裾のほうがちょっと黒っぽくなってるのは、汚れてるのかね。

 まあそんなこと考えている俺を脇に、おばちゃんはふうとあからさまにため息をついてみせた。


「グレン、タクトの師匠が聞いて呆れるね。師匠なら、この場を穏便に収めるべきじゃなかったかい?」


「……申し開きのしようもない」


 めっきょり凹んでいるグレンさん。その横で、脳筋トリオはちょっと広めの床に三人並んで正座している。グレンさんは座らなくていいのか。この辺、扱いの違いが気になる。


「ランド、スウセイ、ミキオ。あんたたちはいつもそんなんだから、肝心なところに出させてもらえないんじゃないか。いい加減にその脳みそに刻み込まれたもんだと思ってたんだけどねえ? このバカどもが!」


「はい!」


「すみませんでした!」


「ちゃんと覚えましたあ!」


「返事だけは威勢がいいんだから、まったく」


 この三人、そういう名前だったんだ。

 で、おばちゃんの怒りはグレンさんに対するよりこの三人への方が強かった。もしかして、しょっちゅう暴れてるのか。いつもそんなんだから、って言ってたし。

 まあ、脳筋も使いどころはあるんだろうけどなあ。文字通りの正面衝突とか、力任せの戦闘とか。


「タクト」


「は、はいっ!」


 次は、俺と一緒に並んで立ってるタクト。おばちゃんに名前を呼ばれた瞬間、びしっと直立不動の姿勢になった。……お前もよく怒られてる口か。


「先輩どもが暴れてるのを止められないのはしょうがないさ。でもね、自分からふっかけたり暴れたりするのってどうよ? そういうスカタンなところは見習わなくていいの、アンタまで馬鹿になっちゃうよ」


「えー、あー…………」


「返事は?」


「は、はいっ」


 うわあ、おばちゃん言うなあ。脳筋トリオが一瞬にらみかけたけど、逆ににらみ返して黙らせちゃったよ。グレンさんはさらに凹んでるし……どうすんだ、あれ。

 そんなこと考えてたら、おばちゃんの視線がこっち向いたのを感じた。うへ、俺がトリか。タケダくん、肩の上でおとなしくしてるんだぞ。


「さて。お嬢ちゃん」


「はい」


「コンビネ、二回めなんだって?」


「……はい」


「そんなにやり慣れてない魔術を、ホイホイ使うもんじゃないよ。幸いこいつらが頑丈だったからよかったものの、マリカとか巻き込んでたらどうするつもりだったんだ? え?」


「ご、ごめんなさい!」


 マジで謝るしかなかった。いやだって、おばちゃんの言うとおりだし。

 脳筋トリオとかグレンさんとかがほんと丈夫なおかげで助かった、気がする。これがおばちゃんの言うように、マリカさんみたいな普通……多分普通の人が混じってたら、えらいことになってたかもしれない。

 そんなことも、俺は知らないでいるんだ。やべ、まじ、洒落になってなかった。


「しゃー!」


 肩の上で、タケダくんがぱたぱた翼をはためかせる。これは怒ってるというか、まあ機嫌悪い感じだな。でもおばちゃんは、そのタケダくんに対しても口を開いた。


「伝書蛇、タケダくんだっけ? お前さんもお前さんだよ。お前さんの主はまだ、ちゃんと魔術を習ってないんだよ? もし魔力が暴走なんてことになったら、お前さんの主が怪我をするかもしれないじゃないか」


「しゃ?」


 ぴた。

 ある意味見事に、動きが停止する。しばらくじーっとしていたタケダくんは、多分考え事をしてたんだろう。そうして結論に達した瞬間。


『わー! やだやだやだままがけがするのやだー!』


 何がどうしても俺かよ!

 いや、声に出してツッコミはしなかったけどな。でも、そのタケダくんの動きを見ておばちゃんは、「分かったかい?」と小さくため息をついた。というか、声聞こえなくても何となく分かるのな。あれだな、ペットの言いたいこと分かるのと一緒だな。


「だったら、そうそう主に魔力のおねだりするのはやめるんだね。食事はあたしがちゃんと、良い肉を調達してやるからさ」


「……しゃー」


 そう、優しい声で言われてタケダくんは、翼を縮めて俺の頬にくっついた。

 胃袋を握られていては、人間も伝書蛇もかなわないのである。うん。

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