20.自室
とりあえず、ムラクモにはまだお仕事が残ってるということで早々に戻ってもらった。タケダくんがばいばい、というように尻尾を振ると、「分かった、頑張ってくる!」とえらく張り切ってすっ飛んで行ったのでよしとしよう。……カイルさん、あれでいいのかな。
朝起きた部屋の方へ行こうとすると、ラセンさんに止められた。あれ?
「違う違う。ジョウさん、お部屋はこっち」
そう言って彼女が指差したのは、奥の方にある階段。ここから上に行く、ということらしいんだが。
「あれ? 昨夜泊まった部屋はあっちですけど」
「あそこはお客さん用のお泊まり部屋。ジョウさんはうちの人になったんだから、ちゃんとしたお部屋に入ってもらうわよ」
「あ、はい」
うちの人って、旦那さんとかそういう意味じゃないよな。一瞬誤解したけど、そもそもそういう対象じゃないだろ、俺。
要するに、傭兵部隊の一員になるんだからそっちの部屋を使えってことか。使い物になるかどうかわからないのにな。
苦笑しながらラセンさんの後に続き、階段を上がる。少しぎし、ぎしときしむ階段は使い込まれてるってのがよく分かって、ちょっと不安になりつつも俺は嫌いじゃない。ただ、必要以上に慎重になったけどな。この世界に来る直前の記憶は、階段から落ちるところなんだから。
「昨夜の部屋ね、実は監視つきなのよ」
三階に到着したところで、ラセンさんがこちらを振り向いてぶっちゃけた。え、と思わず目を見張った俺に、彼女は肩をすくめながら言葉を続ける。
「ほら、ジョウさん黒の神の儀式中に助かったから。もしかしたら元から信者なんじゃないかとか、万が一のことを考えて私たち女で一晩様子を見させてもらってたの。ごめんなさいね?」
「あー。そりゃまあ、しょうがないですよね」
通りで、朝食に迎えに来るタイミングがジャストだったわけだよ。納得した。朝はマリカさん、見てたんだな。
……朝もはよから、てめえの乳揉んだところも見られてたのかね。はは、まあいいか。もうしょうがねえや。
建物の上のほうが傭兵さんたちの宿舎になっているそうで、女性用の階層は最上階、といっても三階にある。一応、何やら問題があってもアレなので性別で分けてるとのこと。あれだな、不審者が入ってこないように女子トイレのほうが奥にあるのと同じ理屈だ。
「はい、ここよ」
各自の部屋は個室になっていて、俺の部屋はラセンさんの隣らしい。
中に入ってみると、昨日の部屋よりはちょっと広かった。家具は似たようなもんだけど、窓際からちょっと離れた場所にあるベッドががっちりしてる気がする。
机は広めで、本棚がついている。ラセンさんはそこに、何冊か本を並べてくれた。いずれも子供向けな絵本の体裁だけど、一冊除いて初心者用魔術の参考書なんだそうだ。除いた一冊は普通の絵本で、これは俺が文字を勉強するためのもの。
「伝書蛇がついた以上、魔術師としての修行もこなすことになるけど、大丈夫?」
「……タケダくん引き取った責任もありますしね。多分、大丈夫だと」
「そ? なら良かった」
俺だって、やらなきゃならないことくらいは分かってる。最初は文字を覚えるくらいだったけど、タケダくんのこともあるんだ。
それに何か、魔術師の修行ってわくわくするし。いや、ゲームじゃなくて現実の話なんだからそうそういいことばかりでもないんだろうけれど。
あと、急ぎの問題があるんだよね。
「寝床、どこに置いたらいいですかね」
「アルビノだから、あまり明るいところに置いておくと眩しくて眠れないらしいわよ」
「あ、そうなんだ」
タケダくんの寝床。蛇も寒いだろうし窓際がいいかなと思ったんだけど、ラセンさんの指摘にそれじゃ駄目だって分かった。そうか、目の色素とかないもんなあ。眩しいよなあ。
「タケダくんは、どこで寝たい?」
『ぼく、ままのよこがいい』
「そっか、俺の横か。じゃあ、この辺かな?」
ベッドの頭側にある棚、そこに寝床を置いてみる。と、タケダくんはぴょんとうまいこと跳ねてクッションの上に着地した。そうしてもそもそといい位置でも探っていたらしく、やがて真ん中でとぐろを巻いた。
『まま、ここでねるんだよね?』
「おう、そうだな。俺はこの辺に……こうか」
タケダくんの疑問に答える形で、俺もベッドに横になってみる。と、タケダくんの寝床のほうが少し位置が高くなるから、俺が見えないか。
「……枕の横にでも置くか?」
『ぼく、ままのよこがいい』
「分かった。でも、そっちにも慣れろよ?」
伝書蛇、だけどタケダくんはまだ赤ちゃんだしなあ。とりあえずは枕の横に置こう。俺、そんなに寝相は悪くないはずだから大丈夫だと思うけど。
そんなことをやっている間に、ラセンさんは買ってきた服をタンスにずらっと掛けてくれた。服、といっても魔術師用のローブである。いや、あんなごてごてしいやつじゃなくてぱっと見ワンピースだけど。
……こっちでは魔術師は男も女もこういう衣装が一般的なので慣れろ、とはアキラさん談。
「通常式のローブも掛けておくけど、当分着なくても大丈夫だと思うわよ」
「はい、すいません。……そこそこ重いし」
通常式というのは、いかにも魔法使いが着てますよーという感じの厚手の長いローブ。刺繍で模様が入ってて、マジ普段からこれは無理。いや、着るのは平気なんだけど、意識的にこう、な。
にしても、タンスの中にずらっと並んでる衣装見たんだけど、全体的にあんまり派手じゃない奴が多い。寒色系とか、暖色系でもちょっとおとなし目のやつだ。
へえ、と見比べているとラセンさんが、おずおずと口を出してきた。
「できるだけ女の子っぽくないのを選んでみたんだけど、大丈夫かしら」
「え?」
「もっとも、私のイメージでだから。あなたの世界で女の子っぽかったら、ごめんね?」
苦笑しながら困ったように髪を掻くラセンさんを見て、気がついた。
そっか。ラセンさん、俺が元の世界で男だったの知ってるから、服まで気にしてくれてたんだ。マリカさんが気づいてない分まで、余計に。
「あ、いえ。大丈夫ですよ。戻れないんなら、慣れてかないといけないと思いますし」
「そう? 無理しないほうがいいと思うけど」
「気を使わせてすいません」
戻れないと朝一番に聞いている。それならそれで、俺としても覚悟を決めないと駄目だろう。
俺自身のことも、タケダくんのことも。
もしかしたらどこかにいるかもしれない、武田のことも。
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