19.ムラクモ、浮かれる
「お帰り。早かったな」
「あ、ムラクモ。ただいまー」
どうにかこうにか帰り着いた宿舎玄関で出迎えてくれたのは、ちょっと疲れたような表情のムラクモだった。カイルさんにくっついてパトロールに行ってたはずだけど、カイルさんも帰ってきてるのかな。
というか、視線と表情が微妙におかしい。俺をじーっと見つめてる。
「……アルビノの伝書蛇……だと……」
訂正。俺じゃなくて、俺の肩にいるタケダくんのようである。タケダくん自身はきょとん、としてる。あ、いや、こういう目は蛇としちゃ当たり前だけどな。
「あ、そっか。ムラクモは初めてよね」
マリカさんが苦笑して手を打ったことで、ああと気がついた。ここを出てった時にはこいつ、いなかったもんな。
「そうだな。俺の伝書蛇になった、タケダくん。よろしくしてやってくれな」
「しゃー」
「タケダくん、か……よ、よろしくな」
『よろしくー』
何だろう、ムラクモ、声が震えてる気がする。伝書蛇、苦手なのかな。タケダくんも素直に挨拶したんだけど、聞こえてないよな。
「ムラクモ、どうしたんすかね」
「ああ、気にしないで。ただの使い魔ヲタクだから」
「は?」
ラセンさんが顔をひきつらせながら教えてくれた。そっちか、逆か! 蛇スキーかムラクモ!
……あー、犬や猫にめろめろになる動物好きの同類みたいなもんか。しかし、いろんな趣味があるもんだな。
ぱたぱた翼をはためかせるタケダくんを、ムラクモは頬を赤らめてガン見している。見つめている、とは言いたくない。何というかこう、迫力があって怖いんだもの。タケダくん、気づいてないけど。
「……ところでムラクモ。他の皆はどうしてるの?」
「はっ」
少しきつ目の口調でラセンさんが問いかけると、やっとムラクモは正気に戻った。ビンタやデコピンしなくていいだけ、まだましだよな、うん。
「きゅ、休憩中の数名を除いて、パトロール中だ。どうも、黒の神の影響が出始めているようなのでな」
だけど、彼女の報告を聞いて俺たちは顔を見合わせた。こっちが見たのは、コウジとのどたばたくらいだけど。
「コウジ以外にもいたの?」
「門で小競り合いが数件、窃盗も起きている。領主の館付近は私兵が動いているが、街中はこちらに一任されているからな」
うわ、マジで色々起きてるんだ。……いや、こう言っちゃ何だけど平和ボケしてた元の世界に比べれば色々起きるのが当たり前そうな世界でさ、それが問題になるんなら普段の治安は結構いいってことだ。
にしても、本当に傭兵部隊が警察代わりやってるんだな。こちらの組織とかがどうなっているのか俺はよく知らないけれど、ちゃんとした軍とか動かないんだろうか。
ま、動いてたらカイルさんたちが走り回ることにはなってない、か。
「私たちも手が空いているけど、手伝う?」
そう尋ねたラセンさんに、ムラクモは「いいや」と首を振った。
「カイル様のご指示だ、お前たちはゆっくり休んでくれて構わない。魔術師が必要な事態には至っていないようだし、事務職は一段落してからが仕事だからな」
「隊長の指示なら、従わないとね。ジョウさんの荷物片付けないといけないし」
「そうね。今日の分の出費、ちゃんと帳簿に付けないと後が面倒だし」
ラセンさんとマリカさん、やらなきゃいけないことが違うのはさすがだな。というか、俺もやらなきゃいけないことがまずあるわけで。
「しゃー」
「そうだな、タケダくんの寝床置く場所決めないとな」
本当なら俺も手伝わなければいけないんだろうけど、何ができるってわけでもない。タケダくんにばかり面倒をかけることになったら、それこそ大変だ。幼児ならぬ幼蛇虐待だ、何だそれ。
で、またムラクモが視線をこっちに固定している。今のしゃー、か。
「……小さい。可愛い……」
『まま、このひとどしたの?』
「ん?」
タケダくんの方は相変わらず理解できてないようで、俺にそう聞いてきた。難しいことを言ってもあれだし、ここは手短に本当のことだけを言うことにしよう。
「ムラクモはさ、お前が可愛いって言ってくれてるんだよ」
『ほんと? わあい、ありがとー』
ぱたぱたぱた、小さな翼が勢いよく羽ばたく。上機嫌だっていうのが、知らなくても分かりやすい仕草だ。
その仕草にびっくりして目を丸くしたムラクモに、伝言してやれ。
「ムラクモ、タケダくんが可愛いって言ってくれてありがとう、だってさ」
「な、なんだってー」
途端、ぱああと明るくなるムラクモの表情がものすごく漫画チックで分かりやすくて、実は結構扱いやすいキャラなんだと気がついた。もしかしてラセンさん、カンダくんで同じ事やられたりしたのかね。
「だから、あんまり出さないのよ。ムラクモが使い物にならなくなるから」
「あー」
それは確かに。
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