18.慣れるかな

 本当に、つくづく女の子の買い物は大変だと思う。

 あの色がいい、この形がいい、いやこっちのほうが似合う、私はこっちのほうが好きなどなど、自分のものでもすごいんだがこれが他人のものまで同じようにチェックしまくる。俺のもの選んでくれてるわけだし、文句言わないけどさ。

 で、その結果がマリカさんとラセンさんが両手にぶら下げた風呂敷包み。ショッピングバッグとかエコバッグのない世界、買ったものは自分で持ってきた布に包んでこうやって運ぶらしい。水や汚れを弾く仕様になっていて、簡易雨合羽にも使える布だとか。さすがに高いものとか、金持ちの買い物のときは違うらしいけど。


「買い過ぎだろ、あんたら!」


「あ、こっちの服は私の分。てへ」


 さすがに悲鳴を上げた俺に、ラセンさんがちょっと済まなそうに笑いながら自分の風呂敷包みを片方だけ掲げる。魔術師に必要な物はアキラさんのお店で揃えてるそうで、ついでに自分のものも買ったわけね。なるほど。


「魔術師だと、初歩的な魔道具とかも必要になるもの。何だかんだで、結構物入りなのよ」


 マリカさんが左手にぶら下げてる、ちょっと角ばった包みをひょいと持ち上げた。角張っているのは中に箱が入っているからで、その箱には魔術師が持っておいた方がいいらしいアイテムが入っている。

 具体的に言うと、魔術の詳細を見抜く眼鏡と、魔力を貯めておく電池代わりになる石。何、俺女になったのに加えて眼鏡属性までつけろってか。まあ、必要ならしょうがないけどさ。


『わーい、ぼくのおふとんー』


 俺自身が自分の服とかアイテムとかを持っていないのは、タケダくんのものを持っているからである。右手に寝床、左手にはお子様用の食事とか連れ歩く時のミニバッグとか、まあいろいろ。

 お子様用の食事というのは、生まれて間もない伝書蛇用に作られている、ペースト状の食事を小瓶に詰めたもの。あれだ、コンビニにも何気なく並んでた離乳食みたいなやつ。火を通してあるらしくて、それなりに保つってのは助かる。


「それがなくなったら、生肉を欲しがってる時に食べさせてあげれば大丈夫じゃよ。伝書蛇は、人間よりは燃費が良いからのう。ひゃひゃひゃ」


 そう、アキラさんがアドバイスしてくれた。冬眠をしない種類なので冬は大食いになるらしいけど、できるだけ温かくしてやればいいんだとか。

 それと、女性にとって結構重要だと思われたものに関しては。


「あと、下着や靴はとりあえず在庫があるから、あんまり心配しなくていいよ?」


「ある意味消耗品だしねえ。巡りの物が来たら、ちゃんと準備するから言ってね?」


「え、あ、はい」


 ははは、女になったばかりでランジェリーショップとやらに行く羽目にならなくて助かった。うん。こういう世界だと、豪華な下着ってのはそもそも考えられないんだろうなあ。ふんどしだし。

 ……ところで、めぐりのものって何だ?




 表通りに出ると、まあ賑やかなこと。冬だっつーのに、結構人通りが多い。観光客みたいな人もいるし、仕事でせかせか歩いてるような人もいる。後、ちらほら出店というか屋台というか、そういうお店もあるな。

 で、屋台とかが出てるとまあ当然、いい匂いがするんだよね。夏祭りとかでかぐような、焼き菓子とか焼きそばとかそういった匂い。……焼き物が多いのは、小さい店でもちゃっちゃと作れるからか。なるほど。

 その匂いに惹かれたのは、俺だけじゃなかった。


「買い食いしていかない? そのくらいなら隊長もお目こぼししてくれるわよ」


 目をキラキラさせているのはマリカさん。視線の先にはあれだ、ベビーカステラっぽいやつ。その辺はちょうど広場になっていて、座る場所もある。


「そうねー。小腹も空いたし」


「……確かに」


 ラセンさんの意見に、つい自分の腹を見る。卵泥棒追いかけてたから、ちょいとエネルギー消費してるんだよな。確かに腹は減ってるかも。

 とは言っても俺に決定権があるとは思えないし、二人について行くことにしよう。うん。




「三人分くださーい」

「まいどー。九百イエノになりますー」


 というわけでベビーカステラもといクリームボール、とこっちでは言うらしいお菓子をゲットした。両手に荷物プラス結構たっぷり入った紙袋を持って歩くのは不可能なので、広場のあちこちに置かれているベンチに腰を下ろす。

 屋台の食い物をこうやって食うのは当たり前のことのようで、ジュース飲んでる親子とか熱々の……何だろ、肉かな、食ってる兄ちゃんとかいろいろ見受けられる。


「あ、さっぱりしてて美味い」


「ジョウさんもOKか。よかったー」


「ここのクリームボール、年代問わず人気あるから。ネコタの店主もお気に入りだから、買い物ついでに差し入れするのよねえ」


 口に放り込んだクリームボールは、名前の通りカスタードクリームが中に入ったボール型のカステラというかそんな感じのやつだった。あんまり甘くないので、俺にはちょうどいい。……女の子には物足りないのかもしれないけど、少なくともマリカさんやラセンさんには評判はよさそうだ。あと、アキラさんもか。


「にしても、屋台多くね?」


「年越しの週が近いですから、それなりに賑やかなの。お菓子配るんだけど、そのお菓子買う人のために期間限定でお店出すところもあるしね。お菓子好きとしてはありがたい時期よ、あはは」


「へえ、お菓子」


 軽く首を傾げてる俺に、こっちの風習だとマリカさんが教えてくれた。年末にお菓子配るって、何かハロウィンみたいだなあ。あれは年末じゃないけど、こっちとあっちじゃいろいろ違うわけだし。




 不意に、ラセンさんがこっちを向いた。何か妙に、真面目っぽい顔で。


「……ジョウさん」


「はい?」


「慣れそう?」


 短い言葉だから、多分横で聞いてるタケダくんやマリカさんには意味は分からない。分かるのはきっと、俺だけだ。


「……頑張ってみます」


 女の身体に慣れないといけない。それはもう、しょうがないことだから。

 ただ、中身まで女になれってのは、……当分無理だよな? 俺?

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