16.名付け

「じゃあ、こいつはうちで預かりますんで」


「よろしゅ、頼んましたえ」


 とりあえず、騒動は一応決着した。

 実行犯がコウジだけということもあり、タクトと蛇の活躍でとっ捕まった彼は傭兵部隊の宿舎に連れて行かれて事情聴取されるようである。というか、今簀巻きにされたコウジをコクヨウさんが肩に担いで持っていった。いいのか、あの扱いは。

 宿舎宿舎言ってるけど、事務所というか持ちビルみたいな感じで建物一つ持っていて、そこに皆住んでいるということらしい。確かに、その方が急ぎの仕事とか起きた時便利だもんな。

 そちらは専門家というか他の皆に任せることにする。俺は俺で、問題抱えてしまったわけだからな。

 コクヨウさんに手を振っている少女のところに、俺は肩に蛇を乗せた状態でおずおずと進み出た。俺に気がついて、その次に蛇に気がついて、彼女は事態を察してくれたようである。


「ありゃまあ。えらいこっちゃわいなあ」


「す、済みません……」


 頭を下げる俺の前で少女は、呆れたように目を見張った。ぱっと見小柄な魔女のコスプレイヤーでしかない彼女は、灰色の髪を首の後ろで大きな三つ編みにしていた。鼻のところにちょこんと乗っている小さな丸眼鏡の向こうで、タレ目の割に鋭い瞳が俺を見つめてる。

 魔術道具店『子猫の道具箱』店主、ネコタ・アキラさんだ。つまり、俺の手の中でぱたぱた翼動かしている伝書蛇の、本来の持ち主というか売主である。外見こそ少女だけど年齢不詳、とは行きつけであるラセンさん談。


「ああ、ええわええわ。その子も、良い主見つけられたみたいじゃしの」


「いいんですか? 何か高いって聞きましたけど」


「そりゃもう、目の玉ひん剥くほどの高値じゃね」


 わあ。

 こっちの物価とかまったくもってさっぱりなんだが、きっと俺のバイト月収なんて余裕で吹き飛ぶレベルなんだろうな、と思う。いや、何ヶ月分、とかか。そりゃ、黒の神の信者も欲しくなるか。


「しかしまあ、主と決まってしもうたからには、致し方あるまい。これはカイル坊やのところにツケておくわえなあ」


「ツケ……ですか」


 カイルさんのことを、当然のように坊やと呼ぶアキラさん。この人いくつなんだろ、と考えようとして、怖い考えになってやめてしまった。

 だって、魔法があったり蛇が俺のことママって呼ぶような世界だぞ。年齢三桁でーす、とか言われてもおかしくないもんな。いや、アキラさんの口調はお年寄りっぽいけどさ。


「そうさ。お嬢ちゃん、坊やんとこの新入りじゃろ?」


「ええまあ、はい」


「ひゃひゃひゃ。なら、頑張って働くんだねえ。ラセンちゃんに教えてもらえば、魔術師として生計が立つよお。特に『異邦人』なら、かなりの凄腕になるはずだあね」


 よく分からないが、要するに俺はこちらでは魔術師、として行けるらしい。そうなのか。……あれ?

 俺、『異邦人』だって言いふらした記憶はないぞ。昨日の今日だけど。


「何で知ってるんですか?」


「このアキラさんを見くびってもらっちゃ困るねえ。そのくらい見極められなければ、商売上がったりだわい」


「はあ……」


 見て分かった、って言うのか。そういえばラセンさんは何も言わなかったなあ。見て分かったのかどうか、後で聞いてみるかな。

 てなことを考えていたら、その本人が走ってきてくれた。マリカさんも一緒である。はー、何か助かったような気がする。


「すみません! あ、店主」


「すみません、遅くなっちゃって」


「ひゃひゃひゃ。ラセン、マリカ、遅いえ?」


 マリカさんも知り合いか。何となくだけど、この二人で店に入ってマリカさんが財布を握ってラセンさんに駄々をこねられている気がする。何となく、だけど。


「ほれ。見て分かるじゃろうが、カイル坊やにツケといておくれ」


「え? って、わあ!」


「ジョウさん、魔術師だったんだ」


 アキラさんに指差されてこっちを見たラセンさん、目が飛び出るレベルで驚いた。マリカさんもびっくりしたみたいで、口元を抑えている。

 ……そんなに驚くこと、らしいな。こいつに懐かれるのって。


「さっきそう言われたんだけど、そうなのか?」


「そもそも、素質のない相手には懐きませんよ。それも、選り好みの激しいアルビノだし」


 ラセンさんがきっぱり言い切ってくれた後で、「うわあ本当に懐いてるようわあ」とまじまじと見ている。こら、そんなにガン見すると蛇がびっくりして俺の首に巻き付くだろうが。いや、小さいから一周ギリギリできるかどうかみたいだけどさ。


『ままー』


「あーはいはい。怖くない、怖くない」


 ぴー、と泣き出しそうな感じの蛇に、俺は思わず声をかける。こうも懐かれたらポイ捨てとかそういう気にはならないし、そもそもこいつにとって俺はママ、らしいしな。放っておくわけにもいかないさ。

 それで、今の俺のセリフを聞いてアキラさんがうんうんと頷いた。


「会話もできておる。バッチリじゃの」


「……やっぱり、他の人には聞こえないんですか」


「主と使い魔の間でだけ、通じるんじゃよ。ラセンもカンダくんと、よう話しておるえ」


「あまり声に出さないようにはしてるんですけどね。ひとりごとに聞こえちゃうから」


 なるほど。それでラセンさんは、あんまりカンダくんに話しかけてるようには見えないのか。いや、手紙出してこいとかは言ってたけど。

 ……ラセンさんの蛇はカンダくんだ。じゃあ、俺の蛇は。


「そういえば、名前どうしましょう?」


「そりゃもう、主がつけるもんじゃよ?」


 やっぱりか。薄々分かってはいたけどな。

 というか、ラセンさんのがカンダくんで……同じようにつけるとしたら、俺には今ひとつの名前しか思い浮かばなかった。


「………………タケダくん」


 もしかしたら世界のどこかにいるかもしれない、あいつの名前。


『はーい、まま』


 その名前を受け取って、蛇は……タケダくんはぱたぱたと小さな羽を羽ばたかせた。ものすごく嬉しそうに踊って……いるんだよな、このくねくねとした動きは。


「うん。よろしくな、タケダくん」

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