14.取り扱い注意
駆け込んだ先は右にも左にもくねくねとよく伸びている路地で、だから俺が到着した時にはもう赤毛は影も形もなかった。追いかけて、というか途中から並走してくれたタクトと、両側をきょろきょろ見回してみる。
「あ、ありゃ」
「逃げられました?」
「……多分」
心配そうに尋ねてくるタクトに、俺はばつの悪い顔を晒しながら答えた……と思う。自分でどういう顔なのか、正直よく分かってないからな。うーむ、仕事中なのに悪いことをしたな。
「悪い、巻き込んだ」
「いえ。裏路地、結構ややこしいんですよ。そんなところに、一人で突っ込んでいかれるよりはよほどマシです」
そう言ってくれるこいつは、ほんといいやつだと思う。俺をフォローしつつ、周囲への警戒を全く解いてないんだよな。
俺が中身から女だったら、何だかんだで惚れてたかも知れん。男としては、可愛い後輩みたいな感じだな。悪いやつじゃないし、気を使ってくれてありがたい。
「ジョウさんっ!」
「っ!」
そのタクトが、さっと指差す方向に視線を向ける。さっき入ってきた方からいうと右の路地、間違いなくさっき見た赤毛が駆け抜けていった。当然というか、俺とタクトはほぼ同時に走り出す。
走りながらタクトは、首にぶら下げていたペンダントみたいのを口にくわえた。ぴー、という音はあんまり高くないけれど、どういう原理なのか遠くまで響いていくように聞こえる。
笛なのは分かったけど、何でまた。
「今の、何?」
「呼子です。仲間を呼ばないと」
なるほど。
あーもう音に関しては、魔法のある世界なんだからそれで納得してしまおう。ここで何とかの原理とか出されても、俺にはわからん。
タクトの後を追いかけて辿り着いたのは、表通りからは結構離れてる狭い、狭い路地の一角だった。というか、背の高い建物……多分アパートかなんか、が密集するように建っている、その奥にある行き止まり。
分かりやすく粗大ごみが積み上がってて、何か腐ったような臭いがつん、と鼻を刺激する。古い町ならその隅っこにあるような、そういう暗い部分。
その前で俺は、膝に手を当ててはーはーしていた。もちろん興奮とか発情とかしてるわけじゃなくて、息が切れただけである。やっぱり女の身体、きついわー。
「ジョウさんは僕の後ろに」
「はー……あー、たのむ……」
こっちは平然としたまま剣を抜きながら、タクトが一歩踏み出す。俺は素直に、その指示に従った。いやだって丸腰だし、息切れてるし、確実にタクトのほうが場数踏んでるし。
「もう逃げられないぞ。黒の信者なら、お前のほうが有利だろう。出てこい」
「……てめえ」
タクトの、こいつにしては低い声での挑発に応じて、赤毛の青年が出てきた。こいつが、ラセンさんの言ってたやつか。……コウジとか何とか言ったっけ?
手ぶらではなくて、包丁くらいのサイズの剣持ってる。盗んだ卵は……ないかな。まあ、孵る前提の卵だとそう持ち回れないし。どこかに隠してきたか、そうでなければあのガラクタの裏か。
何か目をぐるぐるさせた感じのコウジは、剣を抜いてるのにも構わずにタクトに突っ込んできた。短剣を振りかぶって。
「こんのっ!」
「タクト!」
「大丈夫!」
俺の声に平気な感じで答えると同時に、タクトは自分の剣で短剣を受け止めた。そのまま弾き返すと、コウジがふっ飛ばされて積まれていたガラクタの木箱に背中から突っ込む。ばきばきと軽く壊れたのは、あーやっぱり傷んでるからか。そりゃ、かなり放置されてただろうしなあ。
「てめえ! 卵壊れたらどうすんだよっ!」
ガバリと跳ね起きたコウジが、そんなことを叫んで再びタクトに向かってきた。壊れたら、ってことは卵、あのガラクタの中か。
「タクト、そいつ上手く引きつけとけ!」
「え!? ちょっと、無茶ですジョウさん!」
いや、分かってるよ。だけど、お前はコウジと一騎打ち中だし、それで巻き添え食って卵壊れたら問題だろ。
伝書蛇の卵ってもったいないらしいし、何より蛇がかわいそうだ。食べる卵ならともかく、お仕事するために生まれる前なのにさ。
だから、動ける俺がやるしかないんじゃないかな。そう思って俺は、再び剣と短剣をぶつけ合ってる二人の横をすり抜けて、姿勢を低くしながらガラクタへと近寄っていった。
「何してんだこのクソアマ!」
「クソアマとは何だ!」
後半は俺じゃなくて、タクト。いや、女だから野郎じゃなくてアマなのはいいんだけど、クソか。よし後でラセンさんと一緒にぶっ飛ばす。
まあ、それは置いといて。さっき壊れた木箱と、その横に転がってる推定ソファの間に、妙に綺麗な布かばんがちょこんと置いてあった。中を見ると、手のひらに乗るくらいの箱が幾つか積んである。これだな。
「……どんな卵だ?」
そこで、興味が湧くのは問題じゃないよな? 箱のひとつ、何かそれだけちょっと良さげなやつを手に取る。蓋をそ~っと取ってみると……あ。
「ヒビ、入ってる」
鶏の卵よりも細長い、だけど白っぽい殻の卵。フワフワした綿の上に置かれたそれは、ぐるっと一周するようにヒビが入って、というか割れていた。これ、やばくね?
……でも、卵が割れたなら中身がでろん、と出るはずだけど。あれ?
「……あ」
じっと覗きこんでた俺の目の前で、殻の間というか綿の白に紛れるようにして、小さな小さな白い蛇がそこにいた。
そいつは真っ赤な目でじーっと俺を見つめて。
「しゃあ」
息を吐くように、一声上げた。
何か、もしかして、なつかれた?
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