13.年末は犯罪に気をつけましょう
「ありがとねー。またのお越しをー」
にこにこと大変上機嫌なユズさんに見送られ、俺たちは『ユズ湯』を後にした。さすがに外に出るとちょっと寒い、のは冬だししょうがないよな。
シンプルな厚手のコートはそれなりに温まった身体を保温してくれてるから、これは感謝する。傭兵部隊の皆が、夜の作戦時に使ったりするらしい。
「温まったねー」
「ちょっと長風呂しすぎたかね。くらくらする」
「外出て頭冷やせば大丈夫ですよう」
眉間を押さえながら軽く頭を振るラセンさんに、マリカさんがはいはいと軽く仰いでやる。やっぱり湯あたりしてたのか、気をつけないとな。
「あれ?」
「あら、皆さんですね」
「何かあったのかしら……あーもう、頭痛い……」
俺の買い物には表通りのほうがいいらしく、二人について表に出たところであれ、と思った。たった一晩ですっかり見慣れた服を着てる面々が、あちこち走り回ってる。その中には、タクトもいた。
「タクト」
「あ、皆さん」
「どしたんですか?」
俺が名前を呼ぶとすぐ気がついてくれて、こっちに小走りでやってくる。マリカさんが尋ねたら、タクトはちょっと難しい顔になって、教えてくれた。
「『子猫の道具箱』に泥棒が入りまして。伝書蛇の卵が盗まれたって」
「ちょー! 何その下衆、陽のもとに出てくるんじゃない!」
突然ラセンさんが叫んだ。って、何だそのセリフ。多分こっちでいうところの罵倒なんだろうとは思うんだが。
で、泥棒っていうことは、その前の可愛らしいのは店の名前か。あと伝書蛇の卵って……こっちでも蛇は卵から生まれるわけか。鳥の羽っぽいの生えてたけど、鳥も卵だし問題はない。多分。
「ああ、ラセンさんの行きつけのお店なんです。良い魔術道具が揃ってるとかで」
「なるほど。伝書蛇って、カンダくんとかだよね。そのお店、そういう卵扱ってるの?」
「生まれた蛇を育ててもいいんですが、卵から孵して育てると主によく懐くんです。そのほうが、使い魔としても質が良くなるんだそうで」
「ほー」
そういえば使い魔とか言ってたな、カンダくんのこと。手乗りインコなんて、手の上で餌やって慣らすらしいしな。そういうことなんだろう。
「で、卵って高く売れるの?」
「種類にもよりますが、結構。あと、良からぬ集団が連絡用に盗んでいく場合もありまして」
「あー。そりゃそうか」
この世界、もちろん電話だのネットだのは存在しない。連絡はもっぱら手紙で、一番スピードが早いのは伝書蛇。そうでない場合は、いわゆる飛脚を使うくらいしかないそうだ。
飛脚はちゃんとした事務所というか、そういうところに行って手紙を出す手続きをするらしい。
つまり、黒の神の信者さんとかが連絡するのにそういうところ使うと、足がつく可能性がある。そうなりたくない場合は伝書蛇をゲットして連絡に使うのが一番なわけで、あー。
「そりゃ、必死で探すよな」
「タクトタクト、『子猫の道具箱』はその辺の警戒もしっかりしてたはずなんだけど。何かあったの?」
「年末ですからね。店員の一人に、悪霊の影響が出たようです」
考え込んだ俺の横から、ラセンさんがそんなことを聞いてくる。それに対するタクトの答えは、俺には理解できないものだった。
「年末に、悪霊とか何とかの影響って出るのか?」
「あ、そうか。ジョウさん『異邦人』でしたっけ」
タクトの答えからして、こっちでは常識らしい。あいにく俺は昨夜からここにいる新参者だから、その常識は分からない。教えてもらわないとな、文字と一緒で。
「こちらでは、冬になると悪霊……まあ要するに、黒の神の系列が強力になるんです。で、その影響を受けて物事の考え方がそちらに引きずられる人がたまにいまして」
「……それで、普段は大丈夫なんだけど年末になると悪さする奴が出てくる、ってことか……大変だな」
要するに、俺が引きずり込まれたのと根っこは同じってことか。年末に忙しいのはあっちの警察も同じだけど……って、この街では傭兵部隊が警察役やってるのか。違う意味でも大変だな、うん。
「ジョウさんも気をつけてくださいね。証言によれば、赤い短髪の……俺より少し上くらいの男だそうですから」
「あーうん。もし一人で会ってしまったら、大声で叫べばいい?」
「一人で動かないでくださいよー。私が隊長に怒られます」
「あー、ごめん」
「赤毛だと、コウジよね多分。捕まえたら連れてきて、根性しばき直すから」
男の身体なら……ああいや、別に格闘技とかやってたわけじゃないからそれでも危ないんだろうけど、特にこっちじゃ女の身体だしなあ。こんなところで殺されるとか、せっかく逃げられたのにエロ方面とかは勘弁願いたいもんだ。
あとラセンさん、怒りのオーラ背負って指バキボキ鳴らさないで。妙に怖いから。
「ん?」
今、視界の端を何かがチラリと通った、か?
思わず振り向くと路地の奥、はっきりとは見えなかったけど誰かが周囲を伺って、走って行く。
赤い髪が、薄暗い街角の中で意外にくっきりと見えた。
「いたー!」
「ジョウさんっ!?」
「あっち! タクト、来い!」
「あ、はい!」
一人じゃダメだって言うから、タクトを引っ張って俺は走り出す。ラセンさんだとこうバッサリいっちゃいそうだし、何となくマリカさんは役に立たなさそう、だと変なところで冷静に分析していた。
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