12.ハナビの花
しばらく湯船につかって身体を温めた後、一度上がって身体を洗う。渡された石鹸を濡らして、海綿にこすりつけてごしごし、だとちょっと痛いのでこしこし、くらいで。さすがにボディソープほどじゃないけど、この石鹸はそれなりに泡ができて洗えてるって感じがする。
「おー、結構泡立つな」
「身体用の石鹸、この街でだと質の良い物買えるから」
隣に座って同じように身体洗ってるラセンさんが、ほいと自分の腕を上げながらそんなことを言ってきた。脇毛、それなりに生えてるのは剃る習慣がないから、かな。冬だからかもしれないけど。
ちなみに、ラセンさんは俺が中身男だってのを知ってくれてるせいか、上手く身体を捻ってあんまり見えないようにしてくれてる。胸とか下とか。お気遣いはありがたいが、泡付き全裸はそれだけでかなりエロスなんだけどな。
「ジョウさん、背中流そっか?」
「あ?」
と、反対側からマリカさんが声をかけてきた。こっちは隠すつもりは全くない。ないので、ぽーんと開けっぴろげである。慌てて顔を逸らしたのは、別におかしくないよな?
で、まあ、提案が提案だったのでそのまま背中を向ける。
「……あ、ああ、背中な。頼む」
「マリカ、丁寧にしたげてねー」
「もちろんですよー」
ラセンさんの言葉に、マリカさんはえらくやる気のある声で答えた。そのまま背中に海綿が当たる感触がして、こしこしと丁寧に洗い始めてくれる。
と、ラセンさんが不意に顔を近づけて、ささやいてきた。
「ま、慣れてね」
「………………努力します」
あーくそ、今後もこういうことあるのかよ……ないとはいえないよなあ。マリカさんにしてみれば『同僚の女性同士』なんだからさ。これからも一緒に風呂とかある可能性は、高い。
俺、大丈夫なんだろうか。
で、泡を流してせっかくなのでもう一度柚子湯を堪能する。いやもう、女の子に背中流してもらうだけでこんなに疲れるなんて思わなかった。俺はぐったりと、浴槽のふちに懐いている状態だ。
「ジョウさん、気持ちよくなかった?」
「あーいやいや、逆ー。気持ちよすぎてぐったりー」
ちょっと心配そうなマリカさんの声が聞こえたので、思わず言い訳をする。いや、確かに身体洗うの上手かったけどさ、マリカさん。
「あれ? マリカ、ラセンちゃん」
と、ふいに張りのある女性の声が聞こえてきた。あー、また二人の知り合いか。街の人、なんだろうなと思って顔を上げる。
「あ、ハナビ姉さん。ご無沙汰ですー」
「ハナビさん、お久しぶりです」
二人から名前を呼ばれたその女性は、大変にぼんきゅっぼんの肉付きの良い身体をしていらした。俺が男の身体のままだったら、今確実に浴槽から出られないことになっているだろう、うん。
もちろんお顔の方も、化粧落としてると思うんだけど派手な美人さん。三十代前半くらいかな、明るい金髪は前髪からしてウェーブがかかってて、後ろはポニーテールにまとめてる。
って、呼ばれた名前、今朝聞いたぞ。
「……あ。ハナビさんって確か、コクヨウさんがどうとか」
「あらやだ、そこのお嬢ちゃんにまで知られてるのかい」
俺が思わず口にした言葉に、ハナビさんと呼ばれた彼女は呆れたように肩をすくめた。そのちょっとした仕草がどことなくエロくて、ごちそうさまです。
「あ、彼女うちの新入りなんですよ。それで」
「なるほどねえ。お嬢ちゃんに鼻の下伸ばしてたんだろ、あいつ」
「さすがはハナビ姉さん、よくお分かりで」
ラセンさん、ハナビさん、そしてマリカさんは楽しそうに会話しながら、浴槽に入ってきたハナビさんを囲むように動く。俺もいつの間にか、その輪の中に入っているわけだけど。
「ジョウ、といいます。よろしく」
「あら、名前からしてジョウちゃんなのねえ。あたしはハナビ、そこの『兎の舞踊』って娼館で仕事してんだ。結構売れっ子なのよ」
ともかく俺は初対面なので、ちゃんと名乗って挨拶をする。ハナビさんは改めて、俺に自己紹介をしてくれた。
うさぎのぶよう? うーん、まあいいか。そういう名前のお店だってことだよな。つまりその……身体、売ってる。い、一応ラセンさんに聞いたからな。こっちでは、そういうお仕事もきちんと仕事として認められてるんだって。
その後、俺はともかく他三人は基本コクヨウさんの話で盛り上がった。曰く借金してでもハナビさんのところに通うので、皆苦労してるんだとか。主にカイルさんとハクヨウさんが。
「コクヨウに、ハクヨウにばっかり書類押し付けてんじゃないよって言っといておくれよ。ハクヨウびいきの娘たちも結構いるんだからね」
「あれ、ハクヨウさんも行かれるんですか?」
ハナビさんにそう言われて、俺はちょっと不思議に思って聞いてみる。
俺が何されかかってたか教えてくれた時、ハクヨウさんはものすごく言葉を選んでいた。そして、そういう話題が苦手らしいことも分かった。
それとこれとは別かもしれないけど、その手のお店にハクヨウさん行くのかなあ、と。いや、男としては行ってもおかしくないだろうけど。特に、ちゃんとお仕事として認められているこの世界では。
だけど、ハナビさんは苦笑しながら首を振った。横に。
「まさか。コクヨウが金ないのに来やがって、それを引き取りに来る役目だよ」
わあ、その光景が目に見えるぞ。そういう男は男から見ても駄目だ、うん。いや身体女だけど。
というか、コクヨウさんって日常生活ものすごくダメダメじゃねえか? そりゃ、カイルさんもハクヨウさんも苦労するだろうよ。それでクビになってない辺り、傭兵としてはすごいんだろうけれど。
そんなことを話してるうちに、ふとマリカさんが声を上げた。
「ジョウさん、そろそろ上がりません? お買い物もありますし」
「おや。用事があるんなら、早く上がりな。外が寒くて出たくなくなるからねえ」
ハナビさんも、マリカさんの意見に頷いてくれる。ラセンさんは「そうね」とにこにこ笑って……あー、ハナビさん以外の二人、顔がほてってる。長風呂したからだろうか……ということは、俺もか。
そうだな。この後俺の買い物があるんだし、それなら上がるか。お風呂なら、また来ればいいわけだし。
「すいません。それじゃ、お先に」
「いやいや。くれぐれも、コクヨウには頼んだよー」
「はーい」
挨拶しつつ、三人で湯船から上がる。……うわ、お客さんいつの間にかちょっと増えてるよ。多分、ハナビさんと同じお仕事の人だ。
もしかして、仕事帰りのお風呂だったのかなと思って、つい頭をぶんぶん振った。いや、仕事内容を脳内妄想してる場合じゃないからな、俺。
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