何度迷っても
――まるでフィルム映画みたいな景色だった。
古民家みたいなところで、縁側に背中を丸めて腰掛けているおじいさんを、
「これも巡り合わせよォ」
芝生みたいに白い髪が生え揃った後頭部を向けたまま、渋く嗄れた声をおじいさんが投げてくる。
オレに? 違う、と咄嗟に思う。そばに居る誰かにだ。そこで初めて、自分の右隣に二人、誰かがいるのに気づいた。
一人は少し若く見える母さん。もう一人は小学生の頃のオレ。
二人ともおじいさんの数歩後ろに正座していて、母さんは重々しい表情を畳へ、幼いオレはぼんやりした顔をよく分からないとこに向けてる。
「今代で
「はい。……葬儀は、コヨリは仏道に沿って執り行いますけれど」
「えぃ、えぃ。村のじゃァ良くねェ。神道からは抜けさせろィ。コヨリから後はぜぇんぶ、仏道っちゃ。そいで、もしがあったらァ、オメエが椋伍の代わりに死ね。えいな?」
「分かっています」
「ン。椋伍ォ」
なんて事言うんだよ。
嫌な会話の流れにそう叫びたくなってると、急に声がかかった。神経が削れそうな緊迫緊張が抜けた口調で、おじいさんがのんびり言う。
「聞こえる
「……」
「分からねぇか、仕方ねーなァ」
ハナからそっちのオレが口をきかないのが分かってたみたいに、おじいさんは自分で納得して笑い混じりにため息をついて、そして。
「お前、もう村には戻るなよぉ」
「何で」て言えたらどんなにいいんだろう。これは過去の出来事だから、肝心のもう一人の自分の反応を見るしかない。それで恐る恐るその顔を覗きこんで、ああ、と思う。
過去のオレはやっぱり、心ここに在らずの目でどこか遠くをぼんやり見てる。それでやっと分かった。
この過去は、姉ちゃんが死んで、神主の
察したと同時に、オレのことは用済みになったのか、過去の光景がぷつりぷつりと、明るくなったり暗くなったりを繰り返す。
現実へ追い出す感覚はいつも通り、急にオレの腕を、体を容赦なく引き上げた。
「――椋伍!」
どこかの和室に仰向けに転がされていたようで、痛む体を擦りながら起き上がると、険しい表情に安堵を浮かべた直弥が「気がついたか」と、声の調子を落とした。
「殴っても起きねェからどうしたもんかと思ったぜ」
「殴っ……? 何……されたんだっけ?」
「お前のノートとこっくりさんの紙が破られつた」
話が早い、とばかりに直弥は本題に入り、件の物を椋伍に見せる。
「内田とかいうババアが紙破って逃げてから、屋敷がおかしくなっちまった。なんか仕掛けてやがる。挙句スゲー身のこなしで菖蒲サンから逃げやがるし、お前はぶっ倒れるしでテンヤワンヤだわ」
「ここは?」
「お前が使ってた部屋。とりあえず篭城しろっつって、グラサン野郎から押し込まれた」
「ナイス。昨日作った塩がまだある」
「アァ、アレな」
「なんでカーテン閉めてンの?」
「化け物屋敷になっちまったからな」
ぎい、ばたばたばた。
応えるように、何かが天井裏を走り抜けていくような音が響く。
「こうでもしなきゃ、ああいう余計なのに目ェつけられそうでよ。あとお前の塩ちょっと借りて、四隅に塩盛ったけど良かったか?」
「ウン。命拾いした」
「グラサンがそうしろっつってたからな」
「あーね。グラサ……
「それもある。でも、ほら。とにかくバケモンが多くて、このままじゃダメだっつって退治に行った」
「退治」
ヒィーッヒィッヒィックィヒィッ、
引き攣り笑いが引き戸越しに響いた。
戸がビリビリと震えるほどの声量で、椋伍も身構える。直弥は盛り塩に使った塩の小瓶を持っていたらしく、椋伍に押し付けてずいっと前に進み出た。
――次はりょうちゃんが鬼次はりョうちゃンが鬼ツギはりょうちャンガッ
――まーぁだだよ、まーぁだだよォ
バタタタタ、とめちゃくちゃな走り方をしてけたたましい声が通り過ぎ、それを追うように
「アイツ何はしゃいでンだよ。気色悪ィな」
「どっちがバケモノか一瞬分かんなかった」
――いや、内田さんは
心の中で椋伍が留め、口に出さなかったのには意味がある。
恐らく今の内田は、
直弥も同じ思いなのか、椋伍へ尋ね返したりしない。
「どうする」
遠ざかる奇声と、それとは別の何か大きなものが引きずられるような音が近づいてくるのを聞きながら、直弥が椋伍の目を射抜く。
「オレ達ァここでじっとしとくのが正解か? それとも何かやンのか?」
「それなんだけど……。お前、
――馬鹿なことしたと思ったけど、おれにはサイコーの世界だったよ
椋伍よりも先に、
彼の最期の言葉を振り返る椋伍とは対照的に、直弥はいつかの友の事を他人事のような顔で頷いた。
「オメーの話でしか知らねェ。
「それ。そのブログのコメントに降霊術のやり方書かれてたからやってみたって、
「アァ? なんで」
「ダイゴが用意した箱の数が尋常じゃねーもん。一度に色々呼び寄せるのに、ちまちま単発でこっくりさんとかやるより、複数の降霊術やった方がたくさん呼べる」
「ハァー? ンだその明らかにヤバそうなのは。死ぬだろ」
「多分死ぬ。肉の儀式とかよく分かんないのもあるし、神主さんもいない。止める人間がいないからずーっと降ろし続けてる」
「バケモノ屋敷になるわけだわな」
「そーゆーこと」
椋伍は一旦
「瓶詰め塩が二、四……七本。やった」
「何が」
「ラッキーセブン」
「ハァ?」
「スゲーバカにした顔するじゃん。これ気持ちが大事なんだって。とりあえず直弥、四本持ってて」
言いつつ椋伍が、ざり、と畳の上を滑らせて小瓶を直弥へ押しやると、彼の目は双方を一往復して怪訝に細まる。
「お前のが少ねーだろ」
「オレはふりかけるプロだから加減できるんですぅー。で、ノートに儀式のことは……あー……こっくりさんとひとりかくれんぼはあるけど、肉はないわ。確かトイレに晒してたはず」
「アァ? ンだって?」
「肉をトイレに晒す降霊術があンの!」
「聞こえてるわ馬鹿。勿体ねーことすんなっつってンだよ」
「オレが思いついたんじゃないンだってば。とりあえずここからトイレが近いはずだから、そっちに飾られてないかチェックしよ」
「……近くねェよ、多分」
「はい?」
ぼそ、と吐いた直弥に椋伍が聞き返すと、仏頂面のまま出入口――恐らくは廊下を指して告げる。
「オメーが寝てる間、一度だけ
「は?」
「今も音一つねェだろ? こういうのが時々だったのが、感覚が短くなってやがるぜ」
「……えー、マジかぁー」
椋伍は両手を後ろへ突いて、天井を仰いだ。
「めんどくさァー!! オレゆうべも迷子になったんだけど!? また迷うの!? 時空か歪んでるならソレさァ、どっかしら過去かもしれないじゃん? 今はそれ要らなくない?」
「知らねーよ。そこはバケモンに会わなくてラッキーで済ましときゃいいだろーが」
「そっか」
じたばたしていた椋伍は落ち着きを取り戻すと、
「とりあえず、行く先々で見つけた降霊術潰してこ」
と宣言した。直弥も「おう」と応え、食卓塩の赤いキャップを人差し指で押しながら、
「当然俺も行く、でいいよなァ?」
「うん。バラけると様子が見えない分危ないし、もしもの時はオレが直弥に塩を……塩、を」
「ア? どうした?」
椋伍の語尾が小さくなり、俯いていくのに直弥が視線を合わせようと自身の目線も下げていく。
椋伍は直弥を一瞥し、
「あのさ、直弥が……湊とか内田さんみたいになったら、塩かけなきゃいけないなって。それやるの、オレだよなあって……」
「今さら腑抜けたこと言ってんじゃねエよ」
「痛ァ!!」
バチンッと椋伍の背中を引っぱたくと、直弥はその威力とは裏腹に凪いだ目で言った。
「決まってんだろ。オメーがやるんだよ。俺が間違えたらオメーが俺を引き戻すんだよ」
「……」
「ダイゴもオメーがケリつけるんだろ? 湊にもちゃんと戻れるようにやってやったんだろーが」
「……うん」
「そんだけの実績持ってンのはテメーだけだ。俺はテメーにしか頼まねェからな。逆にテメーがダイゴみたいになったら、今度は俺がふんじばって連れ戻してやる」
「……」
「地獄にだって付き合ってやるよ」
椋伍が視線をあげると、もう一度重い平手が背中にバシンと降ろされた。
「ゴメン」
「アァ? ちっちゃくて聞こえねーよ」
「ありがと」
椋伍の声量は変わらない。芯がこもった最後の言葉だけ受け取り、直弥は「おう」とだけ応えた。
椋伍の口からふうー、と長い息が吐かれる。顔を上げた彼は自らの両頬を叩くと背筋を伸ばした。
「仕切り直しまーす」
「おう」
「この部屋はとりあえず出る」
「おう」
「危なくなったら塩かけて、ただ漂ってるだけのヤツはキホン無視。降霊術の痕跡見かけたら塩。少なくともさっきの内田さんの口ぶりじゃ、ひとりかくれんぼは確実にやってるし終わらせた方がいい」
「マジかよ。ひとりかくれんぼが何か分からねーけどロクなのじゃねーんだろ?」
「呪術」
「ハァー? オッケー分かった。塩やっとくわ」
「ン。あと万が一、ダイゴと内田さんが組んで箱を置いてたら、それも見つけ次第塩。んで、できれば菖蒲さん達とも合流したい」
「あとは?」
「お化け屋敷の原因がマジで降霊術なのか、他にも原因がないか聞く。もしあればそれもぜーんぶ塩」
「分かった。ぜーんぶ、だな」
食卓塩を寄せ集め瓶同士をガリゴリと言わせながら、甚平のポケットへ入れる直弥を見届けて、椋伍も不敵に笑いそれに倣い立ち上がる。
「オッシ! じゃあひとりかくれんぼ屋敷探索、出発!!」
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