大事な話をしよう

大事な話をしよう

「いっテェ!!」


 詰まった息ごと苛立ちを吐き出すと、椋伍リョウゴは背中にあるフェンスを殴りつけた。

 菖蒲アヤメも同じくして椋伍のように投げ飛ばされるも、くるっと身を翻して着地する。

 場所は椋伍のほぼ向かい。

 換気扇の音がやかましく響く細路地の前まで飛ばされた彼女は、足元にあった折れた傘、コンビニ袋、汚れた包帯や、画面が粉々に砕かれた携帯電話などのゴミの中から、セメントブロックを選び取ると、そのまま自分の肩の上でトントン、とはずませた。


「私に手を出すなんていい度胸してるじゃない」

「それはまあそうっすね」

「嘘でも否定しろよ」

「なんで? っていうか……」


 椋伍は一旦言葉を中断し、つい、と目だけで周囲の状況を確認する。


「物理攻撃、オレも好きっちゃ好きですけど、コレだけいるとキリがないと思いますよ」


 上半身と下半身がネジ切られた者が、呻き声をあげて地面を這いずっている。

 それも一、二体ではなく、十数体。


「コレがテケテケね。流石由来通りの風体だわ。臓物が腹から」

「それ以上言ったら塩かけますからね」


 物言わぬ下半身が、時折道行く人について行こうとしては、菖蒲にコンクリートブロックでガン! ゴキン! と殴り付けられ逃げていく。

 大半のテケテケは、椋伍と菖蒲の二人に的を絞り、じりじりとにじり寄っていた。


時任トキトウ、策はあるの?」

「うーん」


 椋伍はカバンを荒く地面へ投げ捨てる。

 手には食卓塩が入った赤キャップの小瓶が数個、そして足元には袋に入った天然塩。


「考えるよりブン投げる」

「早くていいわ。乗った」


 好戦的に笑うと、二人はどちらともなく走り出した。

 ワッと群れを成して集まるテケテケは、菖蒲が殴って打ち砕く。

 先にブロックが砕けると、どこからともなく包丁を手のひらから出し、心臓を突き刺し蹴り飛ばす。そしてまた別のテケテケや、復活したテケテケに飛びかかられる。


「グロいグロい!! 出ちゃいけないもの出てる!!」


 一方、椋伍は騒いでいるが、彼も彼で手をとめない。

 食卓塩をチャチャッとかけて、ジュワッと蒸発させる。

 塩酸でも掛けられたような様相になったテケテケ共は「ぎゃあああああああああ!!」と断末魔を上げて、それっきり。

 菖蒲と椋伍、どちらの攻撃が根本的な効果があるかは一目瞭然だった。


「ダイゴがいたら、お前はどうするの?」


 殴っては戻り、斬っては戻り。塩をかければ消えていく最中、菖蒲は椋伍の背中に周りこみ、背後を守りながら話しかけた。


「ア!? また服装のことイジるんですか!?」

「そんなわけないだろ。お前は対話するかどうかを、この期に及んでまだ迷っているようだったでしょう?」

「……」

「私が殺していいのなら、遠慮はしない。早めに決めろ」


――お前が狂ったら、私が殺してやる


 椋伍がいつか、ユリカに言われた言葉と重なり、彼の目が大きく見開かれた。


「久しぶりに聞くなあ」

「は?」

「いや、こっちの話です。……ユリカさんにコテンパンにやられた今、アイツが何考えてんのか聞いてから決めたいと思います。てか、アイツ全然いなくないです? ホストのホの字もねーんですけど?」

「呼び名はそれでいいの?」


 呆れながらもテケテケを殴りつける菖蒲の瞳が、ふと元のガラクタの山に止まる。


「……。ねえ」

「え!? いました!?」

「違う。私、暴走している間の事を少しだけ覚えてるの」


 テケテケが減っていく。

 椋伍が再度「え!? なに!?」と聞き返したのは、大量に溶かしたテケテケの断末魔が輪唱のようになったせいだろう。

 彼女は続けて、


「ダイゴは赤ん坊の霊――水子をエサに女の霊を呼び出したでしょう? その時の箱、確か重箱みたいじゃなかったかしら?」

「そうですけど」


 ぴたり、椋伍の言葉が止まる。

 菖蒲の視線の先に何があるのか気づいたからだ。

 ガラクタに隠されるように、黒光りする四角い重箱。

 二段重造りになっているそれは、下の段に落ちてしまわないように僅かにずらして重ねられ、更に蓋は一段目と同じ向きつまり――全ての段に隙間ができるようになっていた。

 真上から見た時に、正八芒星を思わせるような形になるように。


「――しつこいな、このゴミ共が!!」

「アイツのことブン殴っていいけど、怨霊に戻るのだけはやめてくださいね!! ブン殴ってもいいけど!!」

「誰に言ってる!! 私はもう――」


――カンカンカンカン!


「きゃあああああああ!!」


 菖蒲の言葉を遮って、踏切と悲鳴がその場の空気を貫いた。

 周辺の人々は普段通りの生活をしている。その中でも、甲高い音に紛れたその人――塾帰りだろうか? セーラー服を着た高校生くらいの少女が、テケテケに無理やり腕を引っ張られて踏切内に入ろうとしていた。


「こんな時に……っ周りはなぜ助けないの!?」

「時間が止まってるんです!!」


 椋伍が近場のテケテケに塩を連続で掛けながら叫ぶ。


「本人たちはいつも通りだと勘違いしてる!! 異常に気づけない!! ユリカさんはその先にある異常ばっかりになった神隠市カクリシを食い止めるために、今までやってきたんです!!」

「……時間が止まるって、そのままの意味ではないのね」


 苛立たしげに、今度は斧を手のひらから出現させ、グルン、と周囲のテケテケを菖蒲は一掃する。

 しかしその効力は続かない。すぐにテケテケはは切られた場所が戻り、また地面を這いずり「足をくれ」「かえせえぇえええ」と飛び掛るのだ。


「クソが、ダイゴてめぇコラァ!!」


 怒り任せに椋伍が投げた塩入のビンが届き、はこの形を崩した。

 スコン、と上下の段が噛み合い、蓋だけが外れて飛ばされる。


「二体任せろ」


 短い報せを正しくとらえ、椋伍はその他を一挙に引き受けた。

 地面に転がしていた塩袋の封を勢い良くちぎり、


「おぉおおおおッ食らえ!! 行き当たりばったり、塩嵐シオアラシ!!」

「ギャアアアアアアアアアア!!」


 そう叫び、グルングルン、とその場で袋を持ったまま体を回転させ、塩をまき散らした。

 残党が消えゆく中、菖蒲も箱にたどり着く。蓋が閉められ、テケテケの増殖が途切れ、バキンッ!

 禍々しい箱は、激しい音を立てて斧で叩き割られた。


「クソ!! 間に合え!! 間に合えクソがァアアアアアアア!!」


 激しい咆哮を上げ、椋伍は走り出した。

 踏切まであと少し。数メートル。

 だが電車のライトが椋伍の目にも捉えられていた。

 もがく少女の姿が逆光で影絵のように見える。

 テケテケが手を離した。


「時任!! 塩を投げろ!!」


 迷いはない。振りかぶって全力で投げると、ヒュン、と風を切って包丁が瓶を追いかけた。


――バリン!!


「おぎゃあああああああああああ足ぃいいいいいいいいいいい!!」


 割られた小瓶が塩を振りまき、テケテケに降り注ぐ。

 崩れる上半身と下半身が見えるが、電車と少女も近い距離に見えた。


「出ろ!! 早く!! 立って出ろォおおおおおおお!!」

「駄目だ、間に合わない!! 見るな時任!!」


 どうせ今日がまた訪れるのなら。時が止まって繰り返すというのなら、それでいい。

 菖蒲アヤメの叫びはきっとそうつづいただろう。

 しかし彼女が背にした細路地の向こうから、激しい突風が吹き荒れた。

 風は瞬くよりも早く椋伍の傍らを駆け抜けて、踏切遮断機を曲がり少女を突き飛ばし。


――プァーン


 向かい側の遮断かんの下を転がり出て、彼女は九死に一生を得た。

 走り去っていく電車も、急停止する様子はない。

 タタン、タタン、と調子よく音を立てて走り抜けると、遮断機も上がって人々は思い思いに歩き出す。

 転げた少女もパンパン、と服のホコリを叩き落とすと、何事も無かったかのようにスタスタと歩き始めてしまった。


菖蒲アヤメさん」


 椋伍が呼ぶと、彼女はハッとして椋伍を見た。


「振りかぶった時に足くじいちゃって。あの子が無事に帰れそうか、しばらく見てきてくれません?」

「……。わかった」


 口数少なくなってしまった菖蒲に、へらっと笑い「スミマセン」と椋伍は再度、座ったまま会釈をすると、彼女は気まずそうにして彼の横を通り過ぎ、被害にあった少女の後を追った。


――思わなかったわけじゃない


 椋伍はするすると表情を引っ込めてうつむく。


――ユリカさんが話す通りなら、あのままだとあの子は時間を繰り返す人になってた。ずっと死に続けたかもしれなかった。だからこそ助けなきゃ行けないのに、回り回って「次助けたらいい」なんて思った。なんでかは分からない。でも、オレはどクズだ。ダイゴと同じだ。


「……。はぁ、オレも行こ」

「え? もう立っちゃうの?」


 自己嫌悪は止まらない。

 キリをつけてのろのろと動き腰をあげようとした椋伍の頭上から、ふいに若い男の声が降らされた。

 知らない男の、気遣うようで気遣えないような、ほんの僅かに小馬鹿にしている色を含んだ声。


「え?」

「だってほら、痛そう。足首腫れてるよ」


 椋伍が顔を上げ目に飛び込んできたは、ぞっとするほど美しい男だった。

 黒丸縁の、オーロラ色のグラスがはまったサングラス。それを支えるスラリとした高い鼻。

 右にかけて流されたくしゅりと癖のある前髪が特徴的な、黒いジェントルショート。

 左の耳から三つ覗く銀色のピアス。

 滑らかな光沢のある黒いシャツに、黒いスラックス、黒いベルト、黒い革靴。

 黒、黒、黒。そして、白い肌。

 男は深い青を閉じ込めた切れ長の目を細め、にっこり笑う。


「でも折れなくて良かった。だって面倒だし、ねえ? 横瀬中学校オウセチュウガッコウ二年三組の時任椋伍トキトウリョウゴ君」

「なんで」


 遮られるように椋伍は、ぽん、と両肩に手を置かれ、男に囁かれた。


「一緒に来てもらうよ」

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