「水呼箱」
「アイツのあの格好、絶対辞めさせる」
「趣旨、変わってない?」
自身の片割れであるダイゴと思しき人物の風体を「ホストのよう」と言われた
時刻は夜の八時。
社務所から門まで
からかうでもなく、冷静な口振りで
「今だってヒョウ柄シャツなんて着てるし、そう変わらないじゃない。何をそんなに気にしてるのよ」
「ヒョウ柄とホストは違うじゃん!?」
「……どうでもいいけれど、話している間に殴る相手が逃げちゃわないかしら?」
「行きましょ。すぐ。ダッシュで」
「お前……」
「まさか
「え、神主さんも面白がってます? え?」
「ははは」
「は、ははは……?」
「まあそれはさておき、箱を配っている場所ですが、どうやら中央駅の裏手から離れた場所にある踏切であると式から情報が入っております」
「踏切?」
「はい。何を目論んでいるのかは分かりませんが」
「それ、踏切って具体的にどの辺ですか?
「
「……。一応、聞いてもいいですか?」
「――
「そこなら知ってる。母様と姉様と一緒に鎮魂の儀を執り行った。なかなかに難しい土地でしょうに、名で穢れを薄めようとでも思ったのかしら?」
「家を建てるために、名を変えたのです」
「……。大馬鹿者ね」
「そこ、テケテケがいます」
「テケテケ?」
椋伍は、開き当てたページを菖蒲に見えるように向きを変えた。家教も横に並んでまじまじと目を通す。
「コツコツさんとも呼ばれてる、都市伝説上のヤツです。由来は全国的に見てそれぞれ若干違うみたいですけど、オレが前にこのノートにメモした時には、電車にはねられて化けて出た地縛霊って書いてます」
「それがどうしてテケテケなんて呼ばれるのよ」
「上半身と下半身がその、分かれちゃって。上半身が這いずって足を探したり、生きてる人間の足を奪おうとして追いかけてきた時にテケテケーっとか、コツコツーとか聞こえるっぽいです」
思案顔の菖蒲から「ふうん」と声が上がる。何その反応、と椋伍は不安を目に浮かべたが、そこで家教が右手を挙げて、
「では、もうゆかれた方が良いでしょう。移動手段がないのであれば、お任せいただけますか?」
「いいんですか? タクシーの番号分かんないから助かります」
「いえ、それではなく」
お見せいたします、と家教が右の人差し指と中指を立て、何事か言葉を紡ぐ。
そして左手は着物の併せから紙切れを二枚取り出し、ひゅ、と投げた時。
紙切れは、空気に広がるようにして瞬く間に、成人した人間ほどの大きさになった。
「
「わ、あ……。え? おんぶしてもらうんですか?」
「はい。さ、どうぞ。
「悪くないわね」
「早い!!」
彼女はプリーツのスカートであることも気にせず、早速式神におぶさっている。
「まあ、ユリカさんはダッシュ
言いつつ椋伍も倣う。
「その面白そうな話、後で聞かせなさい」と命じてきた少女に生返事をし、式が出口である大鳥居を向いた時、僅かに体と首を捻って、椋伍は家教を見た。
「神主さん、何から何までありがとうございました」
「またいつでもどうぞ。……私も、陽が正しく登るよう手を尽くします。どうかお二人もお気をつけて」
「ハイ!」
「お前も気をつけなさい。アレがこの世に居るのなら、お前もきっと狙われる」
「肝に銘じます」
さ、私に構わず。式に掴まって。
そう家教が言うが早いか、式神が二人を背負ったまま、突如姿勢を低くした。世に言うクラウチングスタートの体勢である。
「は?」
「あー、こういう……」
「待ってこれそんな軽めに受け入れられるくらい常識なんですか!?」
「では、ご武運を」
「ぎゃあああああああああああ!!」
椋伍の脳内で、体育祭のピストルが過ぎった。家教の最後のセリフはまさにそれだ。
ロケットミサイルのように走り出した式のせいで、景色が見えない。体を起こせば振り落とされそうなその勢いでは、息もまともに吸えないだろう。
椋伍は呻き、式の背中に蝉のようにしがみついて必死に呼吸を確保していた。
「見て! ヘッドライトが光の糸みたい!」
「そんな余裕ないぃいいいいい!!」
「何よ、情けない。あーあ、もう着きそう」
「何よりです!!」
次第に式神の速度が落ちていく。車に、やがて自転車にそれは等しくなり、椋伍にも景色をうかがう余裕が出てきた。
市街地にある中央駅。その裏手は繁華街やオフィスが多い。
仕事終わりのサラリーマン、OL、飲み屋へ行こうとする若者の群れや、観光客、客引きをする法被姿の男などがあちらこちらに溢れていた。
街灯は多く、橙色に混じって所々白色に輝いて椋伍と菖蒲も照らす。
炭火で肉を焼く匂いがどこからか漂って「帰りに寄りましょ」と
「ん?」
「え? おわ!?」
突如式神が立ち止まり、二人から手を離すと、ドロン、と煙を立てて消えた。
目的の踏切までは三〇〇メートル先ほどだろうか。
強かに尻を打った椋伍は「最後、こういう感じか」と妙に感心したような声を出し、菖蒲は何やら考え込んでいる様子を見せるときょろきょろと当たりを見回し始めた。
「テケテケ、いる感じしないですね。あとダイゴ」
「ホスト風の男がまあまあ居るから、紛らわしいわね」
「ホストはやめて」
「お前がやめろ」
椋伍は言い負けた。
気持ちを切り替えるように「何か、テケテケだけでも出てくる条件とかあったっけ?」と言いながら神隠市ノートをバッグから取り出し、めくりはじめる。
「アイツがまた箱から女の人の怨霊とかもろもろ呼び出す前に、テケテケだけでもなんとかしたいな……」
「……。箱から出るのは、本当に前と同じものなの?」
「え?」
椋伍の手が止まる。
顔を上げた先の菖蒲は線路の方を向いて、両耳に手を添えて何かの音を探していた。
「私のとは違うと思ったから言うけれど。ダイゴが箱に詰めていたのは手足のついた人形のみで、それに水子が大量に入っていて、女の怨霊もやって来たと――姉様や神隠市の話をしたときにお前は聞かせてくれたわね」
「はい」
「それは、女の方は誘われて集まったのではなくて、水子と同じように箱から出てきたということではないの?」
「え……」
――それなら。ダイゴが箱を配るのは集めるためじゃなくて
「撒き散らすために、箱を置いた……?」
「
吐き気を催すような衝撃が椋伍を襲った。
心理的にではなく、身体的に。
勢いよく体が吹き飛んだ椋伍は、息をすることも忘れて荷物をばら撒きながら、線路脇のフェンスに叩きつけられた。
「あしがほしい」
そんな声を聴きながら、彼はズボンのポケットに入った食卓塩の小瓶を探すために、手をぐうっと開いたのだった。
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