九十九代目
大通りのデパートを過ぎ、駅前で右折した片側三車線の道路を真っ直ぐに進むと、大きな十字路がある。
左に曲がりほどなくすると住宅が増え、背の高い建物が減り、車線も減り、往来する人々は互いに端に寄りながら帰路を急いでいた。
もう夜だ。車のライトが街を描き、時折すれ違う人の疲れた顔を照らし出す。
――お前、自分がカミサマだと言いたいの?
あの後、肉のトングを手にしたまま眉をひそめた
「紙切れのことです。オレの片割れが紙に魂の一部を込めて埋めたのが、たまたま
「故意にやった訳ではないのね」
「多分……? あんまりアイツとそういう話しないまま殴り合いになったんで」
「へえ。会ったの?」
問われつつ、また焼きたての肉が皿に乗せられる。
「そういえば、なんでかアイツも魂だけになって
「お前……」
「そんな呆れた顔しなくても……。まー、それでですね。また事故みたいな感じでたまたま一回村に帰って、体の方はオレが取り戻したりもしたんですけど、アナタの話がホントならまた魂すっぽ抜けたんだと思います。今のオレ、見た目も実年齢と違うままだし」
「本当は幾つなの?」
「えー……一九九四年生まれで二〇二二年だから……」
「二十八にもなって人を引っ掻き回してるの? いいゴシュミね」
「なんも言えないっス」
肉を頬張る
「生きた者が死者の世へ行くというのは、滅多なことでは起こり得ない。その偶然を生むのにもお前の場合、まずは割れた魂を体から切り離す必要がある。そんなのそうそう聞かないし、出来ないでしょう? 普通。……余程の強い念からお前は生まれたのよ。相手の出方によっては呑まれることもあるでしょうし、用心しなさい」
「用心……か」
――用心って言ってもなあ。話が通じる相手なら、ここまでこじれてないんだよな。
ゆるりと現実に意識を向けた
気づけば足の裏に疲労感は溜まり、
「大人なんだし、もっとこう……目が合ったら殺す、みたいなのがなくて対話できる穏やかさが欲しいよな……」
「私に言ってる?」
「違います違います」
ぼやきはとうとう口をついて出ていた。
「本当に? 嘘じゃないならジュースを買って。アップル」
「いくらなんでも現代に馴染みすぎないですかね? アップルって用語あったんですか?」
「今更ね。んー……全部かは知らないけれど、お前の姉君の記憶があるみたい。私と一体化しているから、引っ張り出すのに時間がかかることもあるけれど」
「マジで?」
ええ、と軽く返し、菖蒲は周辺をきょろきょろとし始める。自動販売機を探しているのだろうか。
「この世に何らかの要因で残っていた魂が、私に吸収されたのかも。……知らないけれど」
「魂の一部……」
怒らせた対価として奪われた、椋伍と友人の魂の半分を取り返すために、姉は自分の魂と霊的な力を引き換えた。
「姉ちゃんの首ごと井戸の底にあると思ってたけど、いくつも割られて持っていかれてる可能性もあるのか……。ダイゴが狙わなきゃいいな」
「ねえ、それよりも一緒に自販機を探してよ」
「多分そのへん探し回るより、神社に行った方が早いですよ。あそこ、駐車場の傍に何台かあったからりんごジュースあるかも」
目の前に迫った神社の大鳥居を再度目視し「じゃあ走って」と菖蒲は駆け足になる。
呆れながらも椋伍も、僅かに足を早めた。
大鳥居を抜けた左脇に舗装されていない駐車場の端。そこには確かに椋伍の言う通り、三つ自動販売機が煌々と光を放ちながら並んでいた。
「ほらね」と彼が示すと、
彼女の目線の先。
そこは二人が歩いてきた道の真正面にある。
十段ほどの階段を上がると神社の門、そして拝殿へと続く石畳が伸びていて、その中間に人がひとり暗がりの中灯篭の明かりにぼんやりと照らされながら立っており、それを彼女は凝視していた。
紫に白い紋がある袴を履いた若い男だ。
彼は穏やかな「おやおや」という声とともに、すすす、と音もなく階段の真上にまで寄ると、
「塩をふりかけながらこちらへむかってくるものがあると聞いて出てみれば、貴方でしたか」
「えっ」
――不審者情報回ってんの? ただ塩をそのへんの浮遊霊に撒いただけなのに?
焦る椋伍に、薄らと提灯に照らされた柔和な男は会釈をして続ける。
「お久しぶりです、
「ぜん、ぜん……?」
言いつつも椋伍は、すぐに疑問を抱く。遠い記憶の中でこの男の顔がちらつくのだ。
惨いものを見たような、痛ましげな表情が。
彼は「失礼いたしました」とさらに頭を下げ、こう告げた。
「私は九十九代目宮司――
――三年、村から離れなさい
「思い出した」
椋伍ははっきりと声と共に記憶を探り当て、目を見開く。
姉・コヨリが死に、錯乱した椋伍と家族へ助言をした人物だ。
――でも、なんで離れろって、言ってきたんだっけ? オレがおかしくなったから? 村が危なかったから? なんで、だっけ?
「ふうん」
霞みはじめた思い出に視野が狭くなっていく中、
品定めをするように下から上へと宮司――
「天龍家にも清らかな人間が残っていたのね。大抵のものは根性が曲がっていたから、もし今代もそうなら、私直々に井戸に突き落とそうと思っていたところよ」
「勘弁してください。アンタ飲み物ねだってる間そんなこと考えてたんですか!?」
「ははは、是非ともお願い申し上げたいです」
「やめてくださいホントにシャレにならないんですよ!?」
「いえいえ、椋伍さん。私どもは本当にそう願っているのです。ただ」
家教は軽やかな笑いとうって代わり、眉を下げて言う。
「もっとも、そのような者は私がこちらへ渡るはるか昔に狂ってしまいましたので、残っていたとして僅かばかりかと」
「狂ったって、それ、
「ええ」
にこり、また微笑んで彼は続けた。
「その昔、それこそ
「反発した者だなんて、大体想像がつくわ。大方私を斬り殺した連中も居るんでしょう?」
「さて、私は新参者でございますので、存じ上げておりますのはあくまでも聞き伝えのみ。恐れながら、ご期待には添え兼ねます」
「……まあ、いいわ。今更だもの」
にこやかに応じる
「ユリカさんの話ら辺で怨霊に戻っちゃうかと思った」と胸の辺りのシャツを握りしめて零すと、
「言っておくけれど、お前の塩の方が余程怖いから。二度としないで」
「おおう……約束できないですね……」
「チッ」
「また舌打ち……?」
怯え半分甘え半分で応じる
彼女はユリカに瓜二つの顔を子どもっぽくふいっと逸らし、髪をいじりながら「喉が渇いたわね」と言う。どこまでもマイペースだ。
見逃された安堵から「買ってきます」と
「ああ、お待ちください。こちらへは何やら御用があっていらしたのですよね? よろしければお飲み物をご用意いたします」
「食べ物は?」
「エッまだ食べるんですか!?」
「悪い?」
「神主さんに悪いなって思ってますけど!?」
「はははっ、どうぞご遠慮なさらず。お茶請けも勿論ご用意いたします」
軽やかに笑い声をたてた
「お邪魔します……」
としおしおとなりながら頭を下げたのだった。
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