第14話 皇帝からの頼み
リルルがマークから呼ばれたのは、それからほどなくしてのことだった。
マークから「陛下がお呼びです」と伝えられたときには思わずティファと顔を見合わせた。
――変態狸がわざわざ自分を呼びに来た?
そんなことはここ数年ほとんどなかった。
そもそもリルルが皇帝のことを女関係で毛嫌いしていることもあり、ここのところほとんど顔を合わせていないのが現状だ。
そんな中で、わざわざ名指しで皇帝から来いと言われてリルルは身構える。
「お父様がどうして私に?」
当然ながらそんな質問をぶつけてみるがマークは何やらはぐらかすようにリルルから目を逸らす。
そんなマークの表情を見てさらに身構える。
もしかして帝国に良からぬことが起きているのだろうか? 当然ながら良からぬ状態にあることは政に疎いリルルですら知っているのだが、なにか致命的なことでも起きてしまったのかと不安になる。
――国外逃亡でも勧められるのかしら?
不安で不安で仕方がなかったのだがマークから答えは得られそうにないし、ティアラからも「陛下から直々にお伺いになられるのがよろしいかと」と背中をさすられたので、とにかく皇帝のいる執務室へと向かうことにした……のだが。
「頼むリルル、ルーク・ルップルをその気にさせてくれ」
「は?」
執務室に到着したリルルは皇帝から開口一番そう告げられて面食らう。
――は? ルーク・ルップルをその気にさせろ? なに言ってんだこの変態狸は?
少なくとも深刻な話をされるだろうと身構えていたリルルは皇帝が口にした頓珍漢な言葉に思わず自らの清楚可憐キャラのことも忘れて素の声が漏れる。
――やだ、キャラがバレちゃう……。
そのことを思い出したリルルは慌てて清楚笑顔を作って改めて尋ねる。
「お、お父様、お父様がなにをおっしゃっているのかわかりかねます……」
「聞こえなかったか? リルルにはこれからルーク・ルップルに積極的に近づいて、あの男をその気にさせてほしいのだ」
「は? だからなに言ってんだよ」
「リルル……なんだその汚い口の利き方は……」
「え? あ、いえ……少し舌を噛んでしまって……私ってばやだ……」
――ダメ……あまりの衝撃に清楚を演じることができない……。
「お、おう……そうか……まさかリルルがそのようなはしたない言葉を使うはずがないしな……」
「そ、そうです……おほほっ……。で、ルーク・ルップル元帥をその気にさせるというのはどういうことですか?」
「その言葉の通りだ。お前にはこれからルーク・ルップルに好意があるように振る舞って欲しいのだ」
「なめてんのか? ああ?」
「…………い、今のもあれだよな? 舌を噛んだのだな?」
「そうです……」
いったい自分は何を言われているのだろうか?
わざわざ皇帝が自分を呼び出して伝えることがそれなのか? というかそもそもなんでそんなことを皇帝は自分に頼んでいるのだろうか?
「お父様のおっしゃりたいことは理解できました……。ですがどうしてそのようなことを?」
「帝国の存亡のためだ?」
――いや、だからこの変態狸はさっきから何を言っているんだ……。
「おっしゃっていることの意味がわかりません……」
全くもって言葉の意味が理解できずにリルルが唖然としていると、皇帝は彼女のもとに歩み寄ったかと思うと、唐突にその場に膝をついて彼女に土下座をした。
「お、お父様っ!?」
「頼むっ!! この通りだ。こんなことをお前に頼むことがいかに酷なことかは理解しておる。が、ルーク・ルップルは此度の戦で武功を立てればお前と結婚できると思っておる。あの男がやる気をなくせば帝国の存亡も危ぶまれるのだ。なんとか戦争が終わるまでの間、あの男をその気にさせてくれ……頼む……」
「…………」
なるほど……。
そこでリルルはようやく理解した。どうやら皇帝が話しているのは例の噂のことである。
どうやらルーク・ルップルは例の噂を本気にしているようである。
「で、ですが……私はルーク・ルップル元帥のことを尊敬はしておりますが、男性としてお慕いしているわけでは……」
「そんなことはわかっておるし、私も可愛いお前をあの男にやるつもりはない」
「だったら」
「だからこそ騙して欲しいのだ。別にあの男を好きになれと言っているわけではない。好意があるように振る舞ってくれと言っているだけだ」
「………………」
なんだかよくわからないが皇帝は本気のようである。
おおよそ正気とは思えないそんな父からの頼みにリルルは、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
※ ※ ※
「あぁ……ホント可愛かったな……。小さな虫を見ただけであんなに怯えるなんて、本当に可愛い……」
公邸へと向かう馬車の中で俺は幸せの余韻に浸っていた。
あぁ……幸せ……ホント幸せ……。
たった数分間会話をしただけなのに、どうして彼女はここまで俺を幸せな気持ちにさせてくれるのだろうか?
次はどこで会えるだろうか?
会ったらどんな会話を交わそうか?
などと考えてくるだけでまたすぐにでも彼女と会いたくなってしまうから不思議である。
なんて頭の中がリルル王女のことでいっぱいだった俺だった。
そして隣に座るユナはどこまでも不機嫌そうな顔で俺のことを睨みつけていた。
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