第13話 悲しい嘘

 ルーク・ルップルがリルル王女相手に鼻の下を伸ばしている頃、デリダ城の執務室の窓から雁首を並べて二人に熱視線を送る中年男性二人の姿があった。


 皇帝ルイドン五世とその専属執事であるマークである。


 二人は若き陸軍元帥と若き王女を眺めながら各々の意見を交わす。


「あ、あれは……惚れておるな」

「惚れておりますな……」

「いや、でも単に挨拶を交わしただけでは――」

「いや、惚れておりますな。私の恋の勘がそう申しております」

「お主の恋の感とやらを本当に信用して良いのか?」

「信用頂いて構いません」

「そ、そうか……」


 ということらしい。以前から皇帝は執事からルーク・ルップルがリルル王女に惚れているのではないかと聞かされていたが、確かにこうやって見るとリルル王女を目の前にしたルーク・ルップルの挙動が童貞のそれであると皇帝も思う。


「マークよ。あの者はまだ未経験なのか?」

「いえ、そこまでは私もわかりかねます」

「そ、そうだよな……」

「ですが、少なくともリルル殿下に恋心を寄せていることだけは確信をもって申し上げることができます」

「それはさっき申していた恋の勘か?」

「いえ、そうではありません」


 マークはそう言って皇帝を見やった。


「ここのところ噂となっております」

「噂? なんの話だ」

「此度の戦で勝利したあかつきに、もっとも武功を立てた者にリルル殿下と結婚させると陛下がおっしゃったという噂です」

「な、なんだその噂は……私はそんなこと言っておらんし、言うつもりもないぞ」

「ですが、帝国内、特に軍内ではその噂でもちきりとなっており、殿下と結婚しようと血眼になって戦う兵士が増えているそうです」

「なっ……」


 少なくとも皇帝はそのような噂を耳にしたことがなかったし、そもそもそんなことを口にするはずがない。


 なぜか? それは皇帝にとってリルルは可愛い可愛い愛娘であり目に入れても痛くないほどに愛しているからである。


 そんな可愛い娘を戦意高揚のだしに使うようなことは絶対にしない。


 娘には彼女のことを第一に考えてくれる、彼女自身がもっとも愛した男のもとに嫁いで欲しいと考えている。そして、それができる人間は財力に余裕のある上位貴族の男しかいないと考えていた。


 そんな皇帝が口が裂けても武功を立てた者に娘を嫁がせるなんてことを口にするはずがない。


「その噂が出回るのはマズい。マークよ、すぐにでもその噂が偽りであると帝国民に周知させよ」

「…………」


 そんな皇帝の言葉にマークは何も答えない。


「お、おい、マーク、私の言うことが聞けんというのか?」

「本当によろしいのですか?」

「はあ? なにかマズいことでもあるのか?」

「あのルーク・ルップルという男は殿下と結婚をするために血眼になって戦っております。なんでも司令部では譫言のように殿下の名前を口にしているとか……」

「そ、それはその……気持ち悪いのぅ……。あの男が元帥でなければ即刻縛り首にしたいほどには気持ち悪い」

「ごもっともでございます。ですが、あの男は優秀な軍人でございます。そのことはミルドでの戦いぶりを見れば疑いの余地はないかと」

「それはそうだが……マークよ、お前は何が言いたい?」

「むしろこの根も葉もない噂を利用した方がよろしいかと」


 そんなマークの言葉に皇帝は思わず目を見開く。


「まさかお前は本当にあの者とリルルを結婚させよと私に申すのかっ!?」

「そうではございません。噂はあくまで噂話にございます。殿下があの者とご結婚頂く必要はございません。ですが、もしもルーク・ルップルが噂話を勝手に信用して帝国の窮地を救うのであれば我々にとっても好都合ではないかと申し上げたまでです」

「…………」

「逆にルーク・ルップルに真実を告げてしまえば、あの者の戦意を著しく低下させることになるのではないかと私は危惧します」


 そこで皇帝はようやくマークの言葉の意図を理解した。


 この劣勢の中、敵をうまくおびき寄せて見事捕縛した彼の実力には目を見張るものがある。


 皇帝自身彼には期待しているのだ。


 が、彼に娘をやれるかと言われれば話は別である。第一に娘と結婚をさせるためには娘がこの男を愛していなければならない。


――あぁ……悩ましい……。


「陛下、何度も申し上げますがあくまで噂は噂でございます。陛下自身が直接おっしゃったわけでないのであれば、殿下に降嫁していただく必要はございません」

「私にあの者を騙せというのか?」

「帝国の一大事にございます。使えるものであれば猫の手でも使うべきです」

「…………」


 マークの言葉には一理あるのだ。例えルーク・ルップルを騙すことになったとしてもそれで帝国が救われるのであれば迷わず騙すべきである。


 しかも騙すといってもそれによってルーク・ルップルが命を落とすわけではない。


 あくまで彼が失恋を経験するだけだ。


 確かに彼の立場に立てばあの可愛い娘との結婚が反故にされることは精神的な苦痛を伴うかも知れないが、帝国が滅びれば彼は迷わず処刑となるのだ。それと比べれば数段マシだと皇帝は思う。


 だから。


「マーク、今すぐにリルルを私の自室に呼べ」

「かしこまりました」


 だから皇帝は徹底的にルーク・ルップルをその気にさせることにした。

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