第12話 伸びる鼻下

 反乱軍が降伏を選択するまでに時間はかからなかった。


 戦果を報告するためにテントへとやってきた大佐に、俺は反乱軍を武装解除した上で朝にカメードから帰ってくる予定の馬車に積めて帝都に連行するよう命じておいた。


 命令を涼しい顔で大佐に報告した俺だったが、大佐がいなくなると同時に「あぁ……なんとか勝った……」と胸をなで下ろす。


 そんな俺をユナはじっと眺めていたが不意にわずかに笑みを零すと「お見事でした」と賛辞を送ってくれた。


「俺を褒めてくれるなんて、どういう風の吹き回しだよ」

「逆に閣下は私のことをなんだと思っているんですか? 見事敵兵を降伏させて初陣を飾ったのですから、そこは素直に褒めます」

「ありがとな」


 とにもかくにも珍しくユナが褒めてくれているので素直に受け止めておくことにする。


 が、それでもユナはどこか腑に落ちていないようで「まさか本当に勝てるとは……」と呟いた。


「別に特別なことは何もしてない。地の利はこっちにあるんだ。普通のことを普通にやれば勝てる戦いだ」


 そう。確かに情報操作をして敵をミルドにおびき寄せることはしたが、それ以外に俺は特別なことは何もしていない。


「反乱軍がミルドに入ったタイミングで背後から砲撃を食らわせて退路を防ぐ。そうなりゃ反乱軍は慌てて進軍をする。そこを待ち伏せして相手が慌てて足を止めたところで側面から集中砲火で一気に攻め落とす。こんなの勝てない方がおかしい」


 何度も言うがこっちには地の利があるのだ。四方を囲めば勝つのは当然だ。


「だからこそ、なんとしても反乱軍をミルドにおびき寄せたかった」

「そのために情報戦を?」

「そうだな。普通に戦えば反乱軍はわざわざ不利なミルドを攻めようなんて思わない。時間はかかるかも知れないけれど塹壕戦で少しずつ前進していく方が確実だし」


 そう。今回の戦いは情報戦を制した時点で勝利は決まっていた。


 だから文官の中に反乱軍の内通者がいたらいいのになって思っていたのだが、本当にいてくれて助かった。


 問題は皇帝を騙すわけにはいかないので、なんとか彼ら文官にバレないように皇帝に直接俺の作戦を伝えることだったのだが、それも皇帝がケーニヒス語が堪能だったことで解決した。


 資料を渡すと言って、俺の意図を全てしたためたケーニヒス語の文書を読ませることで彼ら文官にバレずに作戦の意図を伝えることができ、作戦の許可を貰うことに成功したのだ。


 大佐曰くこちら側の被害はごく軽微らしいし、最低限のリスクで最大限の成果を出すことができて良かった。


 さて、勝ちを見届けた俺がこれ以上ここにいる必要はない。


「じゃあ帰ろっか」


 そうユナに告げると俺はその場に立ち上がる。


 そんな俺にユナが何やら冷めた目を俺に向けてきた。


「なんだよ……」

「そんなに早く帰りたい理由でもあるんですか?」

「え? い、いやだってほら、作戦は成功したわけだし俺がこれ以上ここにいる理由もないだろ?」

「じ…………」


 なんだろう。俺の心がユナちゃんに見透かされている気がする。


 とりあえず彼女にこれ以上ツッコまれる前に逃げよう。ということで、俺は彼女から目を逸らしてテントを後にした。


※ ※ ※


 その後、俺たちは大急ぎで馬車に乗り込んで帝都へと帰った。


 とりあえずデリダ城に戦闘に勝利したことを伝える使者を送ると、公邸に戻って即寝からの早朝に即起き、そわそわしながら朝食を取ってデリダ城へと向かった。


 あらかじめお義父さま(皇帝)には朝に登城すると伝えておいたので、城に着くと俺たちはあっさりと謁見の間へと通され皇帝に勝利を自らの口で報告した。


 俺の報告に皇帝は「よくやったっ!! これを足がかりにして一日でも早く失った領地を取り戻すのだ」と俺を激励する。


 まあ、そんなすんなり領地が取り戻せたら、そもそも帝国はここまで窮地に立たされていないんだけどな。


 そんな言葉をぐっと堪えながら「よりいっそう励んで参ります」とお茶を濁しておいた。


 あ、ちなみに皇帝をとりかこむ大臣たちはなにやら不機嫌そうに俺の戦果を聞いていた。


 おそらくこの中に複数名内通者がいるのだろうが、特定は難しいのでしばらくはこのまま泳がせておくことにする。


 まあ、今回の件で反乱軍も帝国から漏れた情報を鵜呑みにできなくなったわけだし玉石混交な情報で反乱軍を惑わせるのは悪くないやり方だ。


 ということでとっとと皇帝への謁見を済ませた俺は謁見の間を後にすると、周りに細心の注意をしながら城を後にする。


 殿下どこ? ねえ殿下どこ?


 そんな俺のことをユナは相変わらずの目線で見つめていたが、そんなことは気にしない。


 目を皿にして意中の人を探していた俺は、城を出たところで足を止めた。


 い、いたっ!!


 城を出て庭園をきょろきょろと見回していたところで、東屋のテーブルに腰掛けるリルル殿下の姿を発見する。


 本心としてはすぐにも殿下の元に駆け寄って『ボク頑張ったよっ!! 殿下のために頑張ったよっ!!』と報告したいところだが、俺は誇り高き陸軍元帥である。


 あくまでたまたま殿下を見つけた風を装って「あ、あれは……たしかリルル殿下かな?」とユナに尋ねてみる。


 そんな俺の言葉にユナは「はあ?」とだけ答えて俺に苛立ちの目を向けた。


「殿下に挨拶をしないとな」

「別に必要ないのでは? 殿下は紅茶を楽しんでいるご様子ですし、お声をかけると邪魔になるのでは?」

「いや、殿下の姿を拝見したにもかかわらず挨拶もせずに立ち去るのは無礼にあたるだろ」

「はいはいそうですか……。じゃあさっさと挨拶をしてきてください。私はここで待っていますので」


 どうやらこれ以上俺に何を言っても無駄だと悟ったのか彼女は手で俺を追っ払うように手を振る。


 よし、ユナの許可を貰った。


 ということで俺は心の中でスキップをしながらあくまで落ち着いた足取りで殿下の元へと歩み寄る。


「殿下……」


 東屋のすぐそばまでやってきた俺がそう声を掛けると彼女は驚いたようにビクッと肩を振るわせてこちらを振り向いた。


 あ、今日も殿下可愛い。


 殿下の美貌に心が浄化されるのを感じながら「おはようございます。陸軍元帥ルーク・ルップルでございます」と丁寧に挨拶をする。


「お、おはようございます……。お久しぶりですね」


 なんて彼女は返事をするもののその笑顔はどうもぎこちない。


 あれか……昨晩は戦地にいたはずの俺がもう帝都に戻っていることに驚いているのかな?


 が、彼女はすぐに元の笑顔に戻ると口を開く。


「元帥、昨晩は大活躍だったようですね。元帥の活躍は私の耳にも届いております」

「そうでしたかっ!! ですが私はあくまで指揮をとっただけで実際に戦ったのは兵士たちでございます」

「元帥はご謙遜がお得意なのですね。帝国のために戦って頂きありがとうございます。このような状態ですので、本来であれば私もともに戦うべきなのでしょうが力及ばず恥ずかしい限りです」


 そう言って彼女は俺に頭を下げた。


「い、いえいえっ!! 殿下には殿下のご公務がございますので」


 あー幸せっ!! こうやって殿下と同じ空気を吸っているだけで俺、幸せ。


 その喜びを感じるように鼻をぴくぴくさせる俺だったが。


「ひぃ…………」


 そんな俺に殿下はまた引きつった笑みを浮かべた。


 ん?


「いかがなさいましたか?」

「え? あ、いえ、テーブルに虫を見つけてしまいつい……」

「なるほど、殿下は虫が苦手なのですね? ですがご安心ください。殿下に近づく虫はこのルーク・ルップルが叩き切ってみせましょう」

「そ、そうですか……それは頼もしい限りです……」


 ということで俺はその後10分ほど殿下と他愛もない話を続けて幸福なひとときを送ることとなった。


 が、俺は幸福のあまり気がつくことができなかった。デリダ城の窓から俺と殿下のやりとりを眺めるお義父さま(皇帝)の姿に気がつくことができなかった。

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