第11話 初陣
ということで作戦開始である。
記念すべき初陣を一応自分の目で見ることになった俺は、ユナを連れて舞台であるミルドの地へとやってきた。
すっかり日の暮れたミルドの山を緑の風呂敷で覆った馬車に乗って中腹まで登ると、あとはユナと衛兵数人で頂上目指して登っていく。
「ユナ……頂上はまだっすか?」
「さっき歩き始めたばかりですよね? 元帥がそんな体たらくだと帝国の行く末が心配です……」
「…………」
明かりを最低限にしているため表情は見えないが、ユナが俺に冷めた視線を送っていることは手の取るようにわかった。
が、想像以上に山道は険しい。登山道と言っても獣道に毛が生えたレベルの荒れた道だし、時折石に足を躓きなんどか転んだせいもありすぐに息が切れてしまう。
まあこの険しさが敵の侵攻を防いでいるのだけれど……。
ついこの間まで前線にいたはずなのに、人間という生き物の体は少し運動をしないだけですぐになまってしまうようだ。
おぼつかない足取りでとろとろと山を登っていた俺だったが、そんな俺に痺れを切らせたのか前方を歩いていたユナが「はぁ……」とため息を吐くと俺の元に歩み寄ってくる。
「しょうがないですねぇ……」
彼女は呆れたようにそう言うと俺の手を掴んだ。
「私がすぐ前を歩くのでついてきてください」
そういうと俺の手を握ったまま再び山頂を目指して歩き始める。
どうでもいいけどユナの手、思っていたよりも小さいな。
ユナの介護のかいもあり、それからしばらく歩いたところで俺たちはようやく頂上近くへとたどり着いた。
そこには目立たない緑の布で作られたテントが立っており、俺の到着に気がついたのか中から現場を指揮する大佐が出てくる。
大佐は敬礼をすると俺の元へと歩み寄ってきて握手を求めてきたのでユナの手を離して、代わりに大佐と握手を交わす。
「閣下、よくぞお越しくださいました。閣下がいれば兵士たちの士気もよりいっそう高ぶるでしょう」
「そういうものかねぇ……」
少なくとも俺が前線にいるときは変に気を遣うし面倒くさいと思っていたけどな。
というか最初は来るつもりもなかったし。が、ユナから「日和っているんですか?」と煽られたせいで「そ、そんなことねーしっ!!」と売り言葉に買い言葉で来ることになった。
「ところで兵士たちは?」
見たところあたりにひと気はない。決戦が近いというのに不気味なほどに山は静まりかえっていた。
そんな俺の疑問に大佐の得意げな笑顔がわずかな照明石の光を反射させる。
「彼らはすでにそれぞれの持ち場に待機しております」
そう言って大佐はパチンと指を鳴らす。すると、辺りがなにやらもぞもぞと動いて突如として複数の兵士たちが姿を現した。
どうやら彼らはギリースーツと呼ばれる草木を模した迷彩服を身につけて身を潜めているようだ。
よく見ると大砲も草木で覆ってカモフラージュしている。
「あとは彼らがやってくるのを待つだけですな」
「みたいだな」
「彼らはすでに駐屯地を出発したと報告がありました。まもなくこちらにやってくるかと」
「じゃあ作戦通りに頼むぞ」
「ははっ!!」
そう言って大佐は俺に敬礼をした。
それから俺は大佐に案内されてテントに入ると、中で紅茶と茶菓子をご馳走になった。
部下が命を賭けてこれから戦うというのに我ながら良い身分だ。が、今の俺にやれることもないので彼らの邪魔をせぬようしばらくはここで大人しくしておこう。
※ ※ ※
駐屯地をあとにした反乱軍たちの部隊は数キロ歩いたところでミルドへとたどり着いた。
馬に乗りながら進む少将の前方には双方を山に挟まれた狭いミルドの村々が眼前に広がる。
この山は帝都方面に向かって15キロ近く続いており、夜が明けるまでにはなんとか危険な山の間を抜けて平地へとたどり着きたいところである。
少将は10000人もの兵士を率いている。彼らはそれぞれ重い装備を背負い、さらには食料などの生活必需品、100門以上の大砲を乗せた馬車を連れて帝都に向かっている。
当然ながら手ぶらで歩く15キロとは違う上に、山に囲まれている以上休憩をとることもままならない。
が、この上ないチャンスを目の前にして音を上げている場合ではない。
兵士たちを鼓舞しながら少将は帝都を目指して谷の中を帝都を目指して進んでいく。
が、しばらく進んだところで山から数発の砲声が聞こえた。
どうやら山から帝国軍の兵士たちが砲撃をしてきたようだ。が、砲撃はあくまで散発的なもので反乱軍の兵士たちは落ち着いた様子で砲口から漏れた魔法石のわずかな光を頼りに反撃をする。
しばらく打ち合いが続いたが、砲撃はすぐに止み再びミルドは静寂に包まれる。
どうやら反乱軍にもたらされた情報は事実だったようだ。
そんな光景を眺めながら少将はほっと胸をなで下ろす。
ミルドに駐屯している兵士の数は多くない。これほどまでの人数で行軍しているにもかかわらず帝国軍の反撃は散発的である。
おそらく彼ら帝国軍の兵士は今頃パニックを起こして慌てて帝都に反乱軍の行軍を報告しに行くだろう。
が、今更報告をしてすぐに反撃ができるようであればミルデシア帝国はここまで追い込まれていないのだ。
油断は禁物ではあるが、今のところ作戦は上手く行っている。
そう確信しながらミルドの奥深くへと進み、しばらくしたときのことだった。
唐突に後方の山々から一斉に砲声が鳴り響いた。
「お、おい、今のはなんだっ!?」
その突然の砲声に慌てて身を潜めつつ後ろを振り返った少将は、部下からの返答を耳に入れる前に事態を理解した。
後方の山々からいくつもの漏れ出た魔法石の光が少将の目に映る。
その数、ざっと数十。
「ど、どういうことだ……」
目の前に映る光景が理解できない少将は一瞬呆気にとられて思考が停止しそうになる。が、ここで現実逃避をすることは死を意味する。
そのことを思い出した少将は慌ててそばにいた部下を見やる。
「すぐに砲兵に反撃をさせろ。他のものはその隙に一気にミルドを駆け抜けるのだっ!! ここにいると危険だっ!!」
部下はすぐに下士官たちへと命令を伝達すると、砲兵は慌てて馬車から大砲を降ろして反撃を開始し、歩兵たちは必死の形相で帝都方面へと向かって無我夢中で駆けていく。
が、その直後、山から帝都へと駆けていく歩兵たちの前に雪崩のように山から帝国軍の兵士たちが下りてきて彼らの通せんぼをすると、足を止めて唖然とする彼らめがけて砲撃と銃撃を開始する。
「「「「「ぎゃあああああああああっ!!」」」」
突然進路も退路も塞がれた反乱軍兵士たちは阿鼻叫喚である。
パニック状態になりながら進むことも戻ることもできない反乱軍の歩兵たち。
が、本当の地獄はここからだった。
前方と後方から挟み撃ちになり身動きが取れない反乱軍の兵士めがけて側面の山から銃声と砲声が鳴り響く。
「う、嘘だろ……」
兵士の一人が思わずそんな声を漏らしてその場に尻餅をつく。そんな兵士の頬を上官がひっぱたくと兵士は慌ててその場に伏せて山に向かって小銃をぶっ放った。
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