第9話 ユナちゃん怖い

 なんだろう……ユナの背後からただならぬオーラのようなものを感じる……。


 これは俺の勘違いかも知れないけれど、そのオーラからはユナの怒りのようなものを感じた。


 いや、なんで……。俺、ユナちゃんに嫌われるようなこと絶対にしていないよね……。


 そんなユナの醸し出す怒りに困惑しながらも俺は彼女に相対するように立って木刀を構える。


「ルールはどうしますか?」


 と、そこで木刀を握りしめたまま瞳にメラメラと闘志を燃やすユナがそんなことを尋ねてくる。


 ルールか……そう言えば何も考えていなかった。


 ということでユナを眺めながら俺は考える。


 ここは無難に寸止めルールで行くか。治癒魔法はあるとはいえ怪我をすると痛いしな。


「じゃあ寸止めルールで。先に一本を取った方が勝ちだ」

「わかりました。相手が音を上げるまで戦闘を続けるルールですね」

「おい、俺の話……聞いてたか?」

「聞いていません」

「いや、じゃあなんで俺にルールの確認をしたんだよ……」


 正直なところ痛いのは嫌いだ。


 けどユナちゃんはデスマッチ以外嫌なんだって……。


「わ、わかったよ。じゃあユナがやりたいルールで」

「わかりました」


 ということで改めて木刀を構える。


「じゃあ始めっ!!」


 と戦闘開始を告げた瞬間、ユナの「とりゃああああっ!!」という雄叫びが庭に響いた。


 直後、ユナは勢いよく土を蹴ると三馬身ほどはありそうな距離を凄まじい速さで詰めてきて下段から俺の胴体めがけて木刀を振り上げてくる。


 は、はや……。


 慌てて木刀を構えて慌ててユナの攻撃を防ぐが、彼女は慌てて後方に宙返りして今度は切っ先を顔に向けて勢いよく突きをしてくる。


 なんだろう……ユナちゃんから殺気しか感じない。


 ま、まあ練習は本番のように、本番は練習のようにって言うしな……。


 なんとかユナからの攻撃を捌きながら彼女から距離を取っていく。が、彼女はそんな俺を許すはずもなく小刻みにステップを踏んで間合いを詰めて何度も何度も打ち込んでくる。


 いったい彼女の何がそうさせるのか……。


 困惑する俺だが、闘志はともかく彼女の技量の高さに感心する。


 基本的に現代の剣術は筋力と魔力のハイブリッドが主流である。


 これは体内の魔力を上手く必要な筋肉に伝えて無駄のない動きをして相手に隙を与えない。


 というか男女では根本的に体力に差があるから、特に女子はこの魔力の扱い方が重要になる。


 剣術は魔力と筋力、さらには技術のかけ算である。彼女のように華奢な体であれば筋力をカバーするだけの魔力と技術が必要になるのだが、彼女の場合、魔力と技術が飛び抜けている。


 一般的に剣術は男子が有利だとは言われているが、いったい軍内に彼女に剣術で勝てる人間は何人いるのだろうか?


 少なくとも俺は本気を出さなければ彼女を倒すことができそうにない。


「むかつくっ!! 死ねええっ!! 鼻の下のばしやがってっ!!」


 と繰り返しながら休む間もなく剣を打ち込んでくるユナ。


「いや、死ねは物騒すぎるだろっ!!」

「これは単なるかけ声のようなものです。他意はありません」

「さいですか……」


 絶対に嘘だ……。


 が、これ以上彼女に何か言っても無駄だからこのまま戦闘を続ける。必死に彼女の連撃を捌きながらも彼女の隙を見つけていく。


 確かに彼女の腕はかなりのものである。並大抵の人間であれば彼女の剣を捌ききれずに脳天に一撃を食らってもおかしくない。


 それでも彼女に隙がないわけではない。というか闘志を燃やしすぎて攻撃が単調になっているし、最大限の力で俺をぶん殴ろうとしているせいで一つ一つの動きが大きくなっている。


 当然ながら剣というものは弓矢を引くのと同じで振りかぶれば振りかぶるほど力は強くなる。


 が、これは模擬試合だがそもそも戦場では金属製の剣を使用するのだ。昔みたいに重い甲冑を身につけているならともかく、現代の軽装兵士相手にそこまで力一杯剣を振るう必要はない。


 それに彼女の場合、振りかぶってから振り下ろすまでの間にずっと筋肉に力が入っている。


 これもよろしくない。


 ずっと腕に力を入れていたら操作性は落ちるし、力一杯剣を振ることができない。


 これは昔父から教わったことだけれど、デカいハンマーを振り下ろすときにハンマーの重みを最大限利用して、力を入れるのはハンマーが杭にぶつかる直前で良いのだ。


 むしろ、最初から最後まで力を入れてしまうと力が逃げてしまい動きも鈍る。


 必要なのは肩の力を抜くこと。緊張しているときにはなかなか難しいのだけれど、これが大切だ。


 だから俺はユナの攻撃が裁ける。


 彼女と剣が衝突する瞬間に手に力を入れて手首と股関節の力をタイミング良く使用すれば力負けすることはない。


「しぶといですね……」

「いや、こっちのセリフだよ……」


 と、そこで彼女は一度俺から距離を取ると俺を睨みつけたまま呼吸を整えた。そして、再び勢いよく地面を蹴ると凄まじい速度で俺との間合いを詰めて木刀を俺の胴めがけて振り抜こうとする。


 が、さっきも言ったように彼女の予備動作は大きく、さらには体に力が入りすぎて動きが鈍っている。


 だから、俺はわずかに隙のできた彼女の手首をめがけて軽く剣を振った。


 直後「うぅっ……」と彼女のうめき声とともに木刀を地面に落としてしゃがみ込んだ。


「お、おい、ユナ、大丈夫かっ!?」


 俺もまた木刀を地面に捨てると慌ててユナへと駆け寄る。彼女は手の甲を押さえながら痛そうにうめき声を漏らしている。


 が、直後、彼女の手がわずかに青白い光を放った。


 どうやら治癒魔法をかけたようである。直後、彼女は俺を見上げてニヤリと笑みを浮かべると木刀を拾って容赦なく俺に剣を振るってきた。


「おい、卑怯だぞっ!!」

「戦闘に卑怯もクソもありません。閣下は戦場でもそうやって油断して殺されるつもりですか?」

「いや、そういうわけじゃないけど……」


 と、慌ててさっき捨てた木刀を拾い上げて構える。


 どうやらユナちゃんは本気らしい。


 ま、まさかだけど俺が死ぬまで諦めないとかそういうのじゃないよね?


 結局、俺とユナの模擬試合はそれから1時間近く続くこととなった。


 最終的には俺に勝てないことを悟ったユナは「あ、ありがとうございました……」とありがたさを微塵も感じさせない憎しみの籠もった表情で俺に頭を下げると公邸の方へと戻っていった。


 いや、なんで俺、こんなにユナちゃんに嫌われてるの……。


 その理由は最後までわからなかったが、その日の夜、公邸のユナの寝泊まりしている辺りで何かを破壊するような物音が鳴り響き俺は布団の中でぶるぶる震えた。


 翌朝の彼女は何かが吹っ切れたのかご機嫌の様子でリビングに現れ逆に怖かったことをここに報告しておく。

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