第8話 ご機嫌ななめ

――あぁ……むかつく……。


 デリダ城からルーク・ルップル陸軍元帥とともに戻ってきた副官のユナは言い表しようのない苛立ちに襲われていた。


 なんだかさっきから胸がもやもやして、それが自分の中で消化できない。


 どうして自分はこんなにもイライラしてもやもやするのだろうか……。


 なんて必死に言い訳を考えてみるが、実際のところその答えは痛いほどに理解している。


 それは自分の上司、ルーク・ルップルへの劣等感である。


「なんであんな涼しい顔をしていられるのかしら……」


 デリダ城でのルークの立ち振る舞いは自信に満ちていた。もちろん彼の言った作戦が成功をする保証なんてないし、彼自身虚勢を張っていただけの可能性もある。


 が、少なくともユナはこの絶望的な戦況を目の前にして、ましてや全ての責任が自分にのしかかっている状態で、あんな風に胸を張って話すことができない。


 ユナは別にルークの実力を認めていないわけではない。が、ユナ自身も軍人になった以上は最高位である元帥という役職には憧れているし、そんな元帥に目の前で実力の違いを見せつけられるのはプライドを傷つけられるのだ。


 さらに言えば公邸に戻ってきてからもロッキンチェアに腰を下ろして余裕の顔でくつろいでいる姿もユナの逆鱗に触れる。


「なにが『ユナ~冷たいジュース持ってこい』よっ!! 私はあんたの召使いじゃないし……」


 さらに、さらに言えばこのルークがやる気を漲らせている理由が、綺麗な王女様に好かれたいと鼻を伸ばした結果なのも腹が立つ。


 別にルークがやる気を出してくれればそれでいいのだけれど、なんだか自分の仕事がこの男の恋愛成就のために存在しているような気がしてむかつくのだ。


 というかユナがイライラするもっとも大きな要因はこれだ。


「むかつくむかつくむかつく……」


 ということでユナは木刀を片手に公邸の裏庭へと出てきた。


 こういうモヤモヤするときは自分で自分の機嫌をとるしかない。


 そんなときユナは無我夢中で素振りをすることで自分の機嫌をとる。


――あぁ~むかつくむかつくっ!!


 ユナは目の前にジュースを持ってくるよう命じるルーク・ルップルの顔を想像して木刀を振って振って振りまくる。


 気持ちが落ち着くその時までユナは何度も何度も仮想ルークの頭蓋骨を叩き割るのであった。


※ ※ ※


「うむ、ジュース美味しい。できればもう少し氷を入れて欲しかったがまあ及第点だな」


 なんてジュースの感想を口にしながら俺は公邸のリビングのロッキンチェアをゆらゆらさせていた。


 それにしても今日はリルル殿下の姿を見ることができなかった。


 はっきり言って俺がデリダ城に出向く理由なんて、運良く彼女の顔を拝むことができるかもしれないこと以外にない。


 好き好んで皇帝や大臣などのおっさんの顔なんて見たくないのだ。


 あぁ……またデリダ城の庭であの美しい王女様と再会がしたい。前回は彼女のあまりの美しさに見とれてしまい、ややかっこ悪いところを見せてしまったが、次はもっと男らしさをアピールせねば。


『殿下、我が命を殿下を笑顔にさせるためであれば喜んで献上いたしましょう』

『まあ、素敵♡』


 若き王女の笑顔のために命を賭けて戦う若き元帥。


 彼の命を案じる王女と、そんな彼女を守るために率先して危険な場所へと突っ込んでいく俺。


 うむ、これだけで一本戯曲が書けそうだな。


「えへっ……えへへっ……」


 脳内でリルル姫との未来を思い描きながら悦に浸っていた俺だったが、ふと「とりゃあああっ!!」と窓の外から叫び声が聞こえてくるため思考を中断する。


 窓の外を見やると、そこには庭で必死に木刀を振るう少女の姿が見えた。


 ユナである。どうやら彼女は仕事の合間に木刀を振って体がなまらないよう努力しているようだ。


 うむ、良き心がけだ。


 なんて感心しながらユナを眺めていると、そう言えば自分もずっと書庫に籠もりっぱなしで体がなまりきっていることを思い出す。


 軍人として常に戦えるように体を万全の状態にしておくべきだ。夢中に木刀を振るう彼女の姿に俺はそんなことを思い出す。


「よし、俺も混ぜて貰うか」


 彼女の剣の腕前はなかなかのものだ。しばらく彼女と模擬試合もしていないし、久々に戦って自分の実力を試してみたい。


 ということで俺もまた彼女同様に木刀を持って庭へとやってきた……のだが。


「お~いっ!! ユナ~」


 なんて木刀片手に彼女に声を掛けると、彼女は素振りを止めて鬼の形相でこちらを睨みつけてきた。


「ああ? 私に何か用ですか?」

「え? あ、いや……用ってほどでもないけれど……」


 なんだかよくわからないがユナは酷くご機嫌斜めのようである。


 あ、あれ……俺、なんか怒られるようなことしたっけ……。


 なんて不安になっているとユナは「用がなければ私のことはほうっておいてください」と相変わらず俺を睨みつけながらそんなことを言う。


 ユナちゃん怖い……。


「いや、なんというかその……俺もここのところ体がなまっているから素振りでもしようかと思ってな……」

「そうですか」


 なんて淡泊な返事をすると彼女は俺に背を向けて素振りを再開する。


「あ、あの……ユナ?」

「なんですか?」

「もしよければ俺と模擬試合でも……」

「はあ? なんでですか? それは命令ですか?」


 いや、なんで俺こんなにブチギレられてるの……。


「いや、命令とかじゃないんですけど……ユナは剣の腕もなかなかだし久々に模擬試合がしたいなと思ってですね……」


 なぜか俺が敬語を使ってそんな提案をするとユナはしばらく俺のことを睨んでいたが、不意に不敵な笑みを浮かべると「別に構いませんよ」と俺の提案を了承してくれた。


 ということで久々の模擬試合が始まった。

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