第7話 ごり押し

 カメードを攻めるという言葉に皇帝は疑問を抱き、大臣たちは冷笑をした。


「さすがは素人元帥の思いつきそうなことだ」


 などと大臣たちはお互いの顔を見合わせてニヤニヤと汚い笑みを浮かべる。


 一方の皇帝は訝しげに俺を見つめたまま首を傾げている。


 おそらく彼らは現状の防衛すらままならない状況で、俺が領土奪還を口にしたことに驚いたようだ。


「カメード奪還とはなんと頼もしい。だが、勝機はあるのか?」


 なんて皇帝は不思議そうに尋ねてくる。


「勝機についてはわかりかねます」


 だからそんな皇帝の疑問に俺は素直に答える。すると大臣は再び冷笑を始めた。


「勝機もわからぬ作戦を陛下に上奏とは勝機の沙汰ではない。そなたはいたずらに兵士の命を奪うつもりか? そなたの部下は気の毒なものだ」


 なんていちいち嫌みを言ってくるが、そんな大臣たちを皇帝は手で制した。


「勝機のない作戦の許可を私に求めるつもりか?」

「ええ、勝機についてはやってみなければわかりませんが。我々に降伏という選択肢がない以上、勝機が薄くても少しでも可能性のあるものに賭けるべきかと」


 どうせこのまま防御を続けてもいずれは陥落して帝都は火の海になるのだ。運河を取られてしまえば籠城も不可能だし、降伏をするつもりがないのならば可能性が低くてもやるしかないのだ。


「今、陛下の前には二つの選択肢があります。それはこのまま防御に徹して敵兵たちが徐々に帝都へと攻め入ってくるのを眺めることか、確率が低いものの中からもっとも確率の高いものに賭けて形勢逆転を狙うかです」

「…………」


 そんな言葉に大臣たちは厳しい視線を俺に向け、皇帝は頭を抱える。


「で、具体的にはどのように攻めるのだ?」

「具体的にはミルドの兵士たちを馬車に乗せて秘密裏にカメードとの領境の山へと集結させます。そこから一気に山を下り領都を攻め落とすのがよろしいかと。幸いなことに山と領都は隣接しております。一度相手の防御網に穴を空ければそこまで難しくないかと」

「ミルドから兵を送る? ならばミルドの防衛はどうするのだ?」

「防衛の必要はないかと」

「防衛の必要がないっ!? どういうことだ?」

「反乱軍がミルドを通って帝都に入る可能性が極めて低いということです。この地は両脇を山に挟まれております。彼らが山に挟まれた村々を通って帝都を攻めることには大きなリスクがあります。そのためミルドの反乱軍は他の地域と比べて極端に兵の数が少ないのが現状でございます」

「だが、ミルドの兵士をカメードへと移動させれば防御はままならないのでは?」

「その通りでございます。そのために秘密裏に兵をカメードに移動させる必要がございます」

「できるのか?」

「彼らミルドの兵士たちは山中に潜んでおりますゆえ秘密裏に移動させることはそう難しくはないかと」

「…………」


 なんて俺は口八丁を続ける。


 正直なところ無謀な作戦だと俺も思う。ミルドの兵士を一度に大量に移動させることはそう簡単なことではない。


 もしも兵士をカメードに移動させて、その間に手薄のミルドを敵に攻められれば目も当てられないだろう。


 が、俺はそれでもこの作戦をごり押しする。


 ということであらかじめ作っておいた資料を皇帝に差し出す。


「王都の民間馬車を徴用して総動員させれば数千単位の兵士を3日ほどでカメードに移動させることは可能かと」


 そう言うと皇帝はペラペラと資料を眺めて驚いたように目を見開いた。


「ケーニヒス語で書かれておるな……」

「陛下にとってはこちらの文字の方が馴染みがあると思いまして」


 その資料は帝国民の大多数が使用するミルデシア語ではなくケーニヒス語で書かれている。これは副官にケーニヒス語が使える人間を呼ばせて代筆させたものだ。


 というのも皇帝ルイドン5世はイベラ朝と呼ばれるケーニヒス地方にルーツのある王家である。元々ミルデシアの人間ではないのだ。


 これは前王朝に男児が生まれず王家断絶の危機に瀕した際に、彼らと縁戚関係にあるイベラ朝の人間を新たな皇帝として招いたことがきっかけである。


 そのため彼らイベラ朝の人間はミルデシア語とともに幼い頃からケーニヒス語の勉強もさせられるしきたりとなっている。


 当然ながらイベラ朝の皇帝であるルイドン5世もまたケーニヒス語を幼い頃から学んでいるため、この資料を読むことができると俺はふんだのだが……本当に読めるのだろうか?


 なんてやや心配になりながらも皇帝を見つめていると、彼は「ふむふむ」と頷きながら資料に目を通した。


 そして。


「うむ、そなたの言い分は理解した。思う存分暴れるが良い」


 と、資料を机に置くと皇帝は俺に向かって笑みを向けた。


 どうやら作戦の許可は下りたようだ。


 ならば、皇帝の気が変わらないうちにさっさと城を後にしよう。


「では一週間後に作戦を決行いたします」

「うむ、そのようにせい」


 ということで俺は皇帝に頭を下げるとそそくさと執務室を後にする。


 そんな俺にユナは慌てて地図をくるくると丸めると俺の後を追うように執務室を後にした……のだが。


「閣下、お待ちくださいっ!!」


 慌てて俺の元へと駆け寄ってくるとユナはなにやら不服そうに俺の顔を見上げる。


「なんだよ」

「無謀です」

「無謀? なんの話だ?」

「作戦のことです。いくら民間馬車を徴用したとしてもミルドの兵士たちをカメードに移動させるのは不可能です。仮に上手くいったとしても兵士は疲弊して戦闘どころではありません」

「だろうな」

「それに仮にミルドを手薄にしているときに反乱軍が攻めてきたどうするんですか? 一気に戦線が後退することになりますよ?」

「かもしれないな」

「だったら――」

「安心しろ。カメードを攻めるつもりはないから」

「はあっ!?」


 と目を丸くするユナ。そんな彼女に俺は懐から一枚の手紙を取り出すと彼女に差し出した。


「この手紙を持って諜報部に向かって欲しい」

「はあ?」

「心配するな。諜報部の奴らも手紙を読めば理解できるはずだ」


 そう言って俺はユナに手紙を押しつけると廊下を歩き出した。


「…………もう……」


 と、ユナの不服そうな声が背後から聞こえたが、ここで色々と説明するのは危険すぎるのでとりあえず彼女の不満は無視することにする。

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