第6話 上奏

 それから俺は約二週間ほど公邸の書斎に引きこもることになった。


 最初のうちは食堂でとっていた食事も次第に書斎の中でとるようになり、風呂とトイレ以外はずっと書斎に籠もって資料を読みあさっていた。


 最後の数日に関しては食事の時間になると書斎の前にお盆に載った食事が置かれており、食事と一緒に『みんな心配しているので早く部屋から出てきてください』という旨のユナからの手紙が置かれていた。


 そういえば最近、遥か遠くの島国ジャポーナで息子が部屋に籠もってコミュニティに参加しない引きこもりという人々が増えていると聞いたが、俺も似たような存在なのかも知れない……。


 が、俺はコミュニティに参加したくなくて部屋に籠もっているわけではない。


 読みたい資料が多すぎて部屋から出る暇がなかっただけなのだ。そして、部屋に籠もりっぱなしだったおかげで読みたかった資料に一通り目を通すことができた。


 そして。


「待たせたなっ!!」


 俺は満を持して書斎から飛び出すと颯爽とユナの前に現れた。そんな俺を見たユナは何やら引きつった笑みを俺に向けてくる。


「お、お久しぶりですね……閣下……」

「ああ、久しぶりだなっ!! ちょいと調べたいことがあって時間がかかってしまった。悪いがこれからデリダ城に向かいたいので馬車の用意をしてくれっ!!」

「…………」


 とりあえず自分の中でこの絶望的な状況を少しでも押し返すことのできる道筋が見えた。


 そのことを早速お義父さま(皇帝)にお伝えして、許可を扇ぎたいところだ。


 そう思いユナに指示を出したのだが、彼女は相変わらず引きつった笑みで俺を見つめたまま動こうとしない。


「どうした? 早く馬車の用意をしろ」

「お言葉ですが、そのようなみっともない格好で皇帝陛下のもとに参上するおつもりですか?」

「はあ?」


 事態を理解できない俺に、ユナはややイラッとした表情でどこかへと歩いて行くと、鏡を持って俺の元へと戻ってきた。


「あぁ……」


 そして自分に向けられた鏡を見た瞬間にユナの言葉を理解した。


 そこには髪もボサボサで髭も伸び放題の薄汚い男の姿が映っている。


「顔を洗って髭を剃ってから出直してきてください」

「…………はい……」


 ということでユナに冷めた目を向けられながら俺は、洗面台に向かい顔を洗って髭を剃り終えるとユナがクシを持って登場し、強引に俺の髪の毛にクシを入れ始める。


「い、痛ててててっ!!」


 しばらく髪にクシを入れていなかったせいで、引っかかりが多くて痛い……。


「我慢してください」


 ということなのでしばらく痛みに耐えていると、みるみるうちに俺の髪型はお義父さまに会うのにふさわしい髪型になっていく。


「おぉ……」

「なに感心しているんですか? これぐらい言われずともでできるようになってください……」

「…………はい……」


 ということで俺は馬車に乗り込んでお義父さまの待つデリダ城へと向かった。


※ ※ ※


 馬車はほどなくして城へと到着した。


 馬車を降りると慌ててどこかでリルル殿下が物思いに耽っているのではないかと周囲を見回してみたが、どうやら今はいないようだ。


「どうして残念そうな顔をしているんですか? お目当てのなにかが見つからなかったような顔をしていますね?」

「え? いや、そんなことはない。俺の目的は皇帝陛下だ」

「はぁ……そうですか……。ではとにかく城に入りましょう」


 相変わらずユナから冷めた目を向けられながらも俺は城へと歩いて行く。城前の守衛に事情を説明すると、数分でお義父さまの使用人が俺の前に現れた。


 さすがにアポもなしにお義父さまに拝謁するのはなかなかに不躾ではあるのだが、使用人もまた帝国の一大事を理解してくれているようですぐに取り次いでくれた。


 それから待つこと10分、再び現れた使用人によって俺とユナはお義父さまの書斎へと案内された。


 が、すでに書斎には皇帝だけではなく、文官たちが集まっておりまるで衛兵のように脇を固めている。


「おとうさ……いえ、陛下、本日は陛下に帝国陸軍の作戦についてお伝えしたく馳せ参じました」


 っぶね……。


 それはそうと……。


「できれば陛下と私の二人で話がしたいのですが……」


 なんて陛下におねだりをしてみるのだが。


「貴様は我々が邪魔だと申すのかっ!?」


 単刀直入に言えば邪魔なのだ。こいつらは戦争の専門家でもなければ武器を持って戦地に立ったこともないような素人集団だ。


 俺の言ったことにいちいち茶々を入れられたらたまったものじゃない。


「逆に軍の作戦を耳に入れなければならない理由でもあるのですか?」


 なんて質問をすると彼らはややうろたえながらも怒り任せに「我々は大臣だ。役割は違えど国の存亡に関わることは耳に入れておく義務がある」と弁明をしてきた。


 なるほど。


 軍人風情に邪魔だと言われ露骨に怒りを露わにする大臣たち。そんな大臣たちに皇帝は彼らを一瞥すると苦笑いを浮かべた。


「ま、まあ良いではないか。彼らが余計な茶々を入れぬよう私も注意しておく」


 まあ皇帝がそう言うのであれば俺としてはこれ以上何も言うまい。


「ところでそなたの作戦とやらを早く聞かせよ」


 ということらしいので副官のユナへと目配せをする。ユナは俺のすぐそばまで歩み寄ってくると、皇帝の執務机の上にミルデシア帝国の地図を広げた。


「中尉、駒をくれ」


 そう言ってユナに右手を差し出すと彼女は紅白の駒を俺の手に置く。駒を受け取ると、それぞれ帝国軍の兵士と反乱軍の兵士に見立てて配置していく。


 うむ、改めて絶望的な戦況だな。


 地図へと目を落とすと王都と直轄領を取り囲む反乱軍の多さに軽く目眩がする。どうやらそれは皇帝も同様だったようで思わず眉間に手を当てて眉を顰めた。


「頭が痛くなるなぁ……」


 と皇帝の正直な感想が漏れる。


 現状ミルデシア帝国は四方を敵に囲まれている絶望的な状況だ。兵の数も反乱軍の方が圧倒的に多くはっきり言って勝ち筋が見えない状態である。


 が、今日までなんとか帝都を陥落させられることなくこれているのにはそれなりの理由がある。


 それは現状できる最善の防御策をとっているからだ。


 具体的には直轄領を囲む山々の山頂を取って地の利を得ており、さらには平地に長い塹壕を掘って敵の足止めをしている。


 なんて言えば聞こえは良いが、実際のところは地の利を得ることができる位置まで後退しただけである。


 これ以上戦線を後退させられると運河も奪われ一気に帝都は滅亡へと向かうだろう。


 ちなみに両軍の主な兵器は小銃と大砲である。


 小銃や大砲にはそれぞれ二つの魔法石が取り付けられており、一方の魔法石にもう一方の魔法石がぶつかった時に魔力の移動が起こるのだが、その際に魔法石から押し出された余剰魔力の力で弾丸や砲弾を撃ち出す仕組みになっている。


 これが現代戦の主流兵器である。


 当然ながら今でも従軍する魔法使いや剣士も一定数はいるが、多勢に無勢というか小銃や大砲の援護もなく敵陣に突撃するのは自殺行為だと言っても過言ではない。


 ということで俺は今回の作戦について単刀直入に皇帝に話すことにする。


「まずはカメードを攻め落としましょう」


 そんな俺の言葉に皇帝は「カメードとな……」と首を傾げ、大臣たちは「絵に描いた餅だな」と冷笑した。

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