第3話 The noble science

西洋では、ボクシングやフェンシングのような真剣勝負の戦いを、(テニスや野球のようなゲーム性の強いスポーツと一線を画した)気高い護身術・格闘技(The noble science)と呼ぶそうです。日本で剣道や空手が、スポーツというよりも武道という範疇に区分けされるように。(広辞苑によると、boxingとはギリシアに起こり、中世以後イギリスで行われた、というくらい、歴史のあるスポーツであり文化なのです。)

極論すれば、「殺し合い」を連想させるほどの真剣味・凄み・気迫を感じさせる「一対一の戦い」を、西洋人はThe noble science と呼んだ、ということなのでしょう。

アメリカでボクシングといえば、完全に金儲けの為のハングリー・スポーツという位置付けです。かろうじて、モハメド・アリだけが哲学者というか政治家的思惟をもっていました(1997年米映画「アリ」)。

恐らくそれは、彼が敬虔なイスラム教徒であったが為に「神の目線で物事を見ることができた」からなのでしょう。

scienceとは、この場合、play(スポーツにおける競技)・game(遊戯)とは違う、命をかけた真剣味が要求されるということ。いい加減な遊びとして、その場かぎりの・行き当たりばったりの気持ちでで戦っていては「殺されて」しまう。科学と呼べるほどの合理性・論理性・(勝利の)再現性が要求される戦いであるが故にscienceなのです(nobleは気高い)。

* gameには、~するファイト(気力)がある、という意味もあるそうです。

  He is game for anything.彼はなんでもやる気がある。

山岸勝榮「スーパー・アンカー英和辞典」 第5版 株式会社学研プラス

また、(力だけに頼らない)専門的訓練を積んだボクサーのことを a scientific boxer と呼ぶ。

その場限り、行き当たりばったりで、ただただ殴り合いに興じる(大学時代の私みたいです)、いわゆるstreet fighter(ケンカ屋)でなく、きちっとした理論と思想を持ち、(再現性のある)科学的な戦いをすることができる人のこと。

ですから、西洋でのボクサーとは、単に腕っ節が強いから恐れられていた、ということではなく、殴り合いを科学的に行なうことができる人として「a scientific boxer」と呼び、更には、時に殺し合いともなる殴り合いというものを科学的に捉え、哲学や思想にまで昇華させることのできるクールな人間という意味でmartial artist(戦いの芸術家)と尊崇されていたということなのでしょう。

日本では、一般に「武道家」が、a scientific boxerやmartial artistに当てはまるでしょう。もっとも、警視庁や文部科学省が介在するようになってからの柔剣道というのは、すべて「見世物」であり、やはり、ボクシングという現実にぶん殴るスポーツのみが「a scientific boxerやmartial artist」の接点を維持している。


実際、柔剣道でオリンピックに出た人たちで、王貞治氏や鈴木イチロー氏、或いはガッツ石松氏のように哲学的な人間はいないのではないか(単に柔道が強いというだけで)。石松氏は、商売柄「バカのフリ」をしているだけで、薄らぼんやりパトカーでウロウロしているような緊張感のない警察官などよりもよほど「martial artist」の趣があります。

  40年前の関東の大学日本拳法界で私は、他の学校(マネージメント・チーム)や選手に、そういうもの(単に拳法が強い・ただの殴り合い集団ではなく、個人も組織にもscientificな趣)を感じることがありました。

  特に、私が4年生(ダブったので3年生)のとき、立教大学とは2回の大会で優勝を争った相手でもあり、最前線(先鋒)で戦った私は、彼ら選手の後ろに存在する「知性」というものを強く感じました。

まあ、私のように、バカはバカなりに、一回こっきりのストリートファイト気分で殴り合いに興じる、という楽しみ方も、いま考えれば「あり」であったのかもかもしれませんが。 (当時、私以外の仲間はけっこう真剣に優勝ということを考えていたようなので、申し訳なかったと思っています。)

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