調和
使者は全て死んだ。
マリアまで死んだことで、人間はやり直しのできない命運を辿る。
宇宙の意思から解放された代わりに、今度は人間が自分たちで考えて、生きていかなければならない。
元々、人間からすれば、良い事も悪い事も全部背負って、生きてきたつもりだ。
親離れと同じで、いずれは使者の手から解放されるのが道筋だったのかもしれなかった。
*
使者を殺してから、一年が経った。
「子供が産まれたの? へえ。そりゃ、めでたい。だったら、花をおまけに付けとくよ」
再び、人が戻ってきた大町の一角に生意気そうな顔の少年がいた。
以前より身長の伸びたブナだ。
色とりどりのカーネーションを紙で包み、真ん中に除虫菊を突っ込む。
その小さな頭を真後ろから、強めに殴った。
「いでっ!」
「バカ野郎。祝いの花に除虫菊添える奴がいるか!」
「む、虫寄ってこなくていいかなぁ、って」
やせ細った客の男は苦笑いをした。
「相変わらず、精が出ますね」
「言うほどでもないよ」
ビキニは相変わらずだが、アーマー材質を止めたレイアが店の中にいた。
小ぢんまりとした花屋。
白い壁の小屋で、入口の周りにはいくつもの花が植木鉢に植えられている。こうした方が花は腐らないと言う事で、敢えて土を付けたままにしていた。他には、ちゃんと水の入った桶に立てている物もある。
「ママぁ! おっぱい!」
「うっせえよ! 客いるんだよ!」
奥のカウンターからは、片腕で仕事をするオッサンがいた。
体力の回復まで、ブナと一緒に看病をしてやったのだ。
しばらく歩かないと、足腰がやせ細って、歩行が難しかった。
それでも、二人は見捨てずに、ずっと看病を続けたのだ。
その結果、オッサンは一人で歩き回れるようになり、今では園芸を生業としている。
オッサンの提案で、園芸を始めたい主婦の方々にレクチャーをする教室が、別の建物で行われている。
セクハラは相変わらずだが、町の女だって弱くはない。
尻を蹴飛ばされて叱られるのがお決まりだ。
「ユリの花。おまけしとくよ」
薄いピンクの掛かったユリだ。
男は花の香りを嗅いで、頬が緩んだ。
「ありがとう。妻も喜ぶよ」
「ああ。気を付けて」
男性客を見送り、レイアは渋い顔で町の様子を見つめた。
壊れた外壁は皆で片づけた。
壁を作る必要がなくなれば、代わりに花壇を作る事になった。
大町の中では人々が行き交い、以前のような活気を取り戻している。
その中には、人間以外の姿があった。
「親父ぃ! これ、筋肉に良いって言ったじゃねえか!」
「バカ野郎! ささ身が良いのは当たり前だろ!」
「知ってるぜぇ。おやっさん、筋肉に良い薬を開発したんだろ。俺らにも分けてくれよ!」
「そ、それは……」
肉屋の店主に詰め寄るナイト達。
途方もなく平原に生息していた所をレイアとオッサンに話しかけられ、時間を掛けて和解したのだ。
というのも、決め手はモグラの存在か。
避難した町の住民を保護したのは、ピディ村にいたモグラ達。
食べれずに痩せた子供を見て、人肌脱いだらしかった。
これで町の住民たちは見る目を変え、初めにモグラを迎え入れた。
徐々に和解する使族は増えていき、ナイト達も混ざったわけだ。
何かあれば、レイアが拳で分からせようとしていたが、その心配はない。
それに、レイアはもう――。
(――殺したくはないしな)
最後の使者を殺した事で、レイアは戦う事を止めた。
戦いではなく、お互いが一緒に生きていく道を探している途中だ。
和解しても尚、トラブルはあるし、確執のある人だっている。
ある意味では、終わらない戦いだ。
「まあ、筋トレすれば、……みんな仲良くなるかな」
「姉ちゃんさ。最近、背中が大きくなりすぎて狭いんだよ」
ブナは逞しい背筋を見つめて、ため息を吐いた。
マリアの訃報を聞いた時は、心ここにあらずだったが、ブナは強い子だ。
少しずつ立ち直り、今では前を向いている。
「甘えてたくせに」
「……るっせ」
立ち直る際には、レイアに甘える事があった。
からかってやると、ブナは奥に引っ込み、紙を加工する手伝いをした。
レイアは町の様子をもう一度眺め、店の中に戻って行く。
その表情には、どこか安堵の色が浮かんでいた。
(元気な子になったぞ。……マリア)
限界の限界まで、人間の底力を見せてやろう。
使者にはできなかった調和が、そこにある。
女戦士は全てを筋肉で解決する 烏目 ヒツキ @hitsuki333
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