フェリアの本心

 アイアンメイデンのように棘の付いた壁が、レイアに迫った。

 本来であれば、全身が平たくなって、即死のはず。

 だが、レイアは持ち前の筋力で持ち堪えた。


「……あー……なるほど。ふふ。アンタ、頑丈だねぇ」


 斧で上から落ちてくる天井を支え、両手は左右。

 片足立ちになって、もう片方の足で後ろから迫る壁を押さえる。

 格好だけ見れば滑稽だが、レイアの筋力を前に出現した壁は逆に押し返されてしまった。


「まどろっこしいね!」


 逆方向に押し返した後、レイアは斧を手に取り、勢いよく振り抜いた。

 大股で近寄ったレイアの斧は、確かにフェリアの胴体を捉えた。――はずが、顔を上げると、フェリアは壁際の方に座っている。


 瞬間移動?


 頭に浮かんだ言葉をすぐに否定する。

 レイアは振り切った体勢のまま、地面を見た。

 フェリアは移動している。

 その痕跡が、だ。


(待てよ。あいつ、んじゃないか?)


 両足と腰にガッチリとはめられた甲冑は、拘束具のように足を束ねていた。さらに腰まで甲冑で固められているので、身をよじる事さえできないだろう。


 そうこうしていると、レイアの周囲は壁が独りでに分解を始める。

 ツナギ目のない壁が、周囲をグルグルと旋回して、レイアの左右から接近してきた。


(だったら――)


 レイアは息を止め、斧を大きく振り回す。

 地面を抉り、迫りくる壁を次から次へと破壊する。

 破壊したところで、どうせまた再生する。

 こいつの力は、物体を一つにまとめることだ。

 ツギハギの物体を作り出し、相手を翻弄してくる。


「うわ。すっご……。アンタ本当に人間?」


 サイズで言うなら、小屋くらいの大きさはある物体を適当に作り出している。これらが宙を浮遊し、レイアに目掛けて一斉に飛び交っているのだ。


 けれど、レイアは片っ端から斧で破壊。

 腕力に物を言わせた戦いぶりは、フェリアにとって滑稽に見えた。


「お、らよ!」


 飛び交う物体を破壊しつくすと、斧を振り上げてフェリアに突進した。

 フェリアは欠伸をして、瞬く間に別の場所へ移動する。


 空振りをした斧は地面に深く刺さり、鯨が潮を吹くように、土が真上に舞い上がった。

 どれだけの怪力で叩けばそうなるのか。

 地面を伝って振動がやってくると、フェリアは咄嗟に座っている石を押さえ、口を噤む。


「の、脳筋! 馬鹿じゃないの⁉」

「言っただろうに。あたしは考えるのが得意じゃないんだ」

「さっさと死んじゃえ!」


 フェリアの頭上には、いくつもの鉄球が浮かぶ。

 何十、何百といった数の鉄球が、まるで大砲を一斉射撃したかのように放たれた。


「あはっ♪ 全身腫れ上がっちゃうんじゃないかなぁ? って、……ちょ……っと……」


 レイアは回避する事が得意ではない。

 回避して、手足を打ち抜かれたら、それこそ動けなくなる。

 彼女が出した答えは、――たったの一つ。


「これぐらいねぇ! 筋トレの方が何倍もキツいんだよ!」


 団扇を扇ぐみたいにして、斧の面が鉄球をひたすら打ち返していく。

 隙間なく放たれた鉄球は、空中で返ってきた球とぶつかり合い、軌道が大きく逸れた。


 レイアの頭上や脇をすり抜けて落ちると、地面の至る所に穴を作り、返った球の中には、フェリアの顔面に目掛けて飛ぶものもあった。


「チッ……。嫌いなタイプだわ」


 鉄球が砂に戻ると、次の瞬間には特大サイズの鉄球が現れる。

 球の表面には、無数の刃が付いた凶悪な物体だ。

 グルグルと回る球を一瞥し、フェリアは意地の悪い笑みを浮かべた。


「お・わ・り」


 ビュン。と、風を切って鉄球が飛ばされる。

 高速で飛んでくる鉄の塊を前にして、レイアは手の平に唾を吐いた。



 またしても、鉄球を斧の面で受け止め、レイアは全身にありったけの力を込めた。広背筋が締まり、臀部の肉が内側に引っ込み、手足の筋肉は血管を浮かばせて肥大化する。


「これが、なぁ!」


 鉄球の回転が止まり、逆方向へ僅かに動く。


「人間の可能性だ! お前が知らない、人間のなッ!」


 大きい影がフェリアを覆った。

 返したところで無駄だ。

 自分で作りだした物体にやられるわけがない。


 再び、砂の状態に戻すと、空からは大量の砂が落ちてくる。

 砂はフェリアを避けてサラサラと落ち、――砂塵を突き破る斧と対面した。


「無駄よ」


 一瞬で、砂埃から遠ざかるフェリアは、尻に伝わってくる違和感に気づく。


「う、ぷ」


 もっと遠くに離れたはずなのに――。

 途中で引っかかって、移動ができなかったのだ。

 おかげで砂を被ってしまい、フェリアは顔に付いた砂を払う。


 息を顔に吹きかけ、目元を払うと同時に、今度は尻へ大きな衝撃が伝わってきた。


 バゴン。

 嫌な音だった。

 目を開けると、見えていた景色が一段低い。


「ふぅ……。やっと大人しくなったね」

「なに? 何が起きたの? うそ!」


 フェリアの座っていた石は、粉々に砕けていた。

 見れば、破片の下には深い溝ができている。


「人生で初めてだよ。こんなに頭を使ったのは」


 髪に付いた砂を払い、レイアが斧を振りかぶる。


「こ、こんな事をして、許されると思ってるの⁉」

「誰が許さないんだ?」

「それは……」

「お前が人間に絶望してるのは伝わってきたよ。でも、生まれ変わったら、もうちょっとだけ希望を持って見てくれよ」


 太陽を背に斧を振りかぶるレイアの目には、憎しみはなかった。

 言葉だけ聞けば、腹が立つことはたくさんある。

 けれど、フェリアの言葉に含まれた感情は、人間であるレイアが嫌というほど理解している。


「いや……。嫌だ! マリア! 助け――」


 レイアは全力で斧を振り下ろし、周辺には地面を割る振動だけが伝わった。

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