ザランガム塔

自我

 三人は湖の近くでキャンプをした。


「大丈夫かよ。オッサン」

「ははっ。近所の悪ガキに腹パンをされたのを思い出しましたぞ」


 妙な時代を送っていた。

 吹っ飛ばされたオッサンは木の枝をへし折り、遠方まで移動した挙句に、尻を突き出した体勢で気絶をしていた。


 腹には触手の痕が残っており、衣服はボロボロに破っていた。

 結局、パンツ一丁が性に合っているらしく、オッサンは脱いで横になっている。


 ブナは疲れて眠ってしまい、レイアの膝の上でスヤスヤと寝息を立てていた。

 筋肉の付いた大きい胸の下。

 そこが、ちょうど頭のハマる部分で、寝る時に按排あんばいが良いみたいだ。


「そういえば、使者に止めを刺したんですよね。死体が見当たらないようでしたが……」

「あぁ。首と口に甲冑の一部がはまっていてさ。切り落とせなかったから、頭を……ね。サックリいった途端に、体が消えちまったんだよ」

「使者は……オラ達と違うのか……。ふむ」


 自分たちが生きていた証拠さえ残さない。

 使者は散る時が最も儚かった。


 レイアは焚火を見つめて、ふとこんな事を言う。


「あいつらって、元々自我があったのかな。宇宙の意思って呼ばれる奴らは、自我がないと聞いた気がするんだけど……」

「まあ。役割が役割ですからな。自我は持っていないはずですぞ」

「……泣いてたんだよなぁ」


 シスターの変化を目の当たりにしてしまい、レイアは胸の所がザワザワとしていた。


 本来、彼女たちは物言わぬ石像の如く、与えられた役割を淡々とこなすはずだ。人に何か言われたところで、私情は挟まない。

 ところが、ココンといい、プリメラといい、明らかに個の感情がそこにあった。


「あいつらって、どうやって産まれたんだ?」

「哲学的ですなぁ……」

「だって、そうだろう。何もない所から、あの――五人がどう創られたのか気になるって。この分だと、他の二人も自我を持っているだろう」


 さりげなく、オッサンがレイアの太ももを枕にした。

 頭をぶん殴られると、痛みに悶絶した。


「子供が……羨ましいッッ!」

「油断も隙も無い」

「あんまりイチャイチャしていると、シスターに怒られますぞ」

「イチャイチャって……」

「あの方も自我が芽生えているでしょう。あれは、アレですな」


 オッサンはズバリ言う。


「……ヤンデレになるでしょう」

「何だよ、それ」

「古代文明の人間が発見した概念です。病的なまでに相手を好きになり、地獄の底まで追いかける美と艶と恐怖の融合ですな」

「要するに、女の嫉妬だろう」


 レイアは思った。


(めんッどくせぇ……。その気がなくても、独占欲強いと暴走するからなぁ。いたなぁ、兵隊の中にも)


 というか、重装歩兵の隊長がそうだった。

 別に交際はしていないのだが、好きな相手が八百屋のせがれで、いつも白菜を買っていた。


 食べる手伝いをされたのは、レイアと他のもう一人。

 食い過ぎで吐いたことだってある。


 ある日、魚屋の奥さんと良い関係になっている現場を目撃した際、大の男が3人分ほどの大きな岩を持ち、魚屋に投げ入れた事がある。


 八百屋のせがれが誰かと良い関係になれば、必ず岩が投げ込まれる。

 止めるのはいつもレイアともう一人の兵士。


 レイアがシスターから良からぬ気配を感じ取ったのには、すでに過去で同じものを見た事があるからだった。

 どうなるのかも、大体予想がつく。


「自我……か」

「何がきっかけで発芽するか分かりませんからな。オラは、女の子の盛り上がった尻を見て自我が芽生えましたな」

「それ発情だろ」


 空を見上げ、暗闇に輝く星空を目で追いかける。

 無垢な頃に見上げた空とは、違って見えた。

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