マリアの苦悩
ブナ達が森林地帯に入った頃。
ブナが生まれ育ったピディ村では、ある異変が起きていた。
「あ、あのぉ! 何かお探しですかぁ⁉」
ほとんどのモグラ達が、一か所に集合していた。
一様に、二の腕を抱き、肌の表面にはおぞましいほどの鳥肌が立っている。
全身汗だくになり、顎を高く持ち上げ、控えめ且つ聞こえるように叫んだ。
「……ない……」
「はい!?」
「あの子の家は……どこかしら……」
モグラ達の前にいるのは、背中に美しいシスターを背負った巨大な蜘蛛。全身が黒い骨格を剥き出しにしており、人間の胴体ほどもある頭をあちこちに向けている。
体長は5mだ。
恐ろしいに決まっていた。
しかも、彼女の存在を知っている使族からすれば、「……殺しに来たんだ」と怯えるのは無理もない。
屋根を剥いで、上から隈なく探す使者マリア。
ブナが住んでいたのは、数年前だから望みは薄いと承知の上だが、諦めきれない。
「ブナのことを……もっと……知りたいわ……」
一歩前に踏み出すと、小屋が潰れた。
悲鳴を上げるのは、住んでいたモグラである。
「すいまっせぇん! 手伝いますけどぉ⁉」
これ以上の損害を受けないため、モグラは泣き叫んだ。
「ハァ……っ。ブナ……」
「マリア様ァ! 俺ら、手伝います! て、つ、だ、い、ますぅ!」
「それなら、聞きたいのだけど。ここには、元々どれだけの家が残っていたのかしら」
叫んでいたモグラがガン見され、「えっとですね!」と、隣の仲間を思いっきり叩いた。
知るわけがないのだ。
今、ここにいるモグラは襲撃した使族達とは別。
来たときには、ほとんどの家屋が残っておらず、平地。
そこに家を建てて住んでいただけである。
「ほとんどありませんでした!」
「ほとんど? そう。では、残っていた場所があるのね。ねえ。ここにある中で、どれが残っていたの?」
「え? あ、そう、ですね」
モグラは思った。
(知らねえよ! もうマイホームにしちゃってるし!)
(あぁ、殺される……。ダメだ。もう、……終わりだ)
モグラ達は指を差す。
一番古ぼけていて――。
仲間の一人が住んでいる――。
その場所を――。
村の入口から見て、斜め左か。
遊ばせている畑に囲まれた場所で、黒ずんだ木材の小屋は、蔦が絡まり、草に覆われている。
マリアは丸めていた指を伸ばした。
関節は3本。
第二関節から先は、鋭利な刃のようになっていて、形状はカマが近い。
カマの部分は、人間で言うところの爪だ。
鉄を切断し、使族たちの体は果物を裂くように、一瞬で取れてしまうほどの切れ味。
これを小屋の壁をなぞるようにして、線を引いたのだ。
四隅まで引いて、他の腕で両端を掴むと、オモチャの箱を開けるかのように、簡単に持ち上げられた。
中には、モグラの一匹が人形と遊んでいる最中だった。
女の子の人形と遊ぶのが好きなようで、下着を履かせる途中だった。
視線に気づいて振り向くと、他のモグラ同様にビクつく。
「え⁉ なんスか!?」
自然と敬語が出てしまうのだ。
「それ、……なあに?」
「に、人形です」
「元々、……ここにあったものかしら?」
「い、いえ! これは、自分の手作りでして!」
金属と木を混ぜて作った筋肉娘の人形だ。
胸と太ももの形状がいまいちで、遊んでいたモグラは悩んでいた。
「そう……」
二足歩行の巨大蜘蛛が、膝を折り曲げて
持ち上げていた家の上半分は、その辺に放り投げた際に崩れてしまう。
(あの子の物を持っていたい。あの子が好きな物を知りたい)
紫色の目玉は、宝石のように輝いていた。
彼女の外見は、気持ち悪いというのは適切ではなかった。
――恐怖。
モグラ達の反応が物語っている。
蘇生する力を持ちながら、生き物を殺す事に特化した体躯。
黙っているだけで、周りが自分の命を心配する圧迫感が漂う。
鋼鉄の剣さえ通じず、砲弾がまるで雨水のように潰れてしまう頑丈な体。
(ブナに会いたいわ……。でも、焦ったら、きっと姿をさらして嫌われてしまう……)
女としての感情が、全てを狂わせてくる。
そんなところにモグラの一匹が、満面の笑みを作って近づいてきた。
「ま、マリア様。我らでよければ、力になりますぞ」
仲間の勇姿を見て、他の者達もゾロゾロと集結した。
「何かお困りですか?」
「何でも聞いてくだされ!」
マリアは俯きながら、使族たちに問う。
「男の子って、……どういう子が好きなのかしら」
この質問にモグラ達はハッとした。
男の質問であるなら、答える事は可能。
つまり、延命に繋がる。
「ズバリ、……おっぱいとお尻が大きい子ですな」
「ええ。筋肉も忘れてはいけません。あれは、……そう。女性ならではの艶ですので」
「艶……?」
「はいッ! やはり、男と女の関係は、切っても切れません! ツガイって言うんですかね。ははっ! 男はいつだって、女と交尾したがるものです! ですから、――艶ッッ!」
異性を求める、という事はおかしなことではない。
だが、性に関しては、ほぼ考えていなかった。
望むのであれば、やぶさかではない。というくらいなもので、マリアは深く考えていなかった領域と向き合う。
(……あの子も……好きなのかしら……)
この日、モグラのせいでマリアの性知識に深刻な誤解が生まれる。
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