すれ違い
今回は、こっそりついてきたわけではなく、初めからシスターの見送りがあっての出発。
レイアは言いたいことが山ほどあるが、あえて言わない。
オッサンはシスターに無理やり治療されての同行。
シャツの下着を用意され、半ば強制的に着せられる事となった。
何でも、シスターが手編みをしてくれたらしく、「いざという時は、ブナをお守りください」と殺意の念が込められた一言を受け、オッサンは涙目で頷いた。
オッサンは
ブナは食料。
レイアはすぐに攻撃へ移れるように、シーツなどを詰め込んだ軽い袋。
準備は万端だ。
ふと、グレル湖に向かう道中で、ブナが難しい顔で言った。
「何か、……シスター……変なんだよね」
「……」
「出発前にさ。三日くらい、何も言わずに教会にいなかったし」
レイアは聞いていた。
『あの子を救うために。緊急用の救済措置を作りたいので、留守にします。ブナに言っておいてください』
何のことかさっぱり分からない。
だが、周りを見ると、違和感だらけだった。
今歩いている場所は、林道だ。
一本道で、真っ直ぐ行くと、グレル湖へ繋がる森林地帯に出る。
周囲の木々は、真っ白に染まっていた。
どこもかしこも、蜘蛛の巣だらけ。
目を凝らして見ても、蜘蛛の一匹もいなかった。
蜘蛛の巣の下には、バラバラになった蝶や他の羽根虫がいる。
「それにさ。最近、……何か、……ベタベタ……くっ付き過ぎっていうか」
「ははっ。嫌ではないだろう」
「……嫌じゃないけどさ」
朝、昼、晩。
全てにおいて、ブナが孤独になる瞬間はなかった。
常にシスターがそばにいて、いつも以上に優しいため、「怒ってるのかな」と警戒してるのだ。
(あまりくっ付かれると、……変な気分になる……)
年頃の男の子だ。
口には出せないが、女性として意識してしまうと、調子が狂うのでやめてほしかった。
オッサンはニコニコとしながら、さりげなくレイアの隣に並ぶ。
笑顔を崩さず、小声で聞いた。
「何があったんスか?」
「女の事情だよ」
「……は?」
「まあ、うん。……意外と、独占欲というか。嫉妬というか。非常に強いタイプみたいだ」
理屈ではない女の性。
外見にコンプレックスがあるからこそ、急速にシスターの内面は変化している。
愛とは、自覚してからが本番であることを目の当たりにして、レイアは同じ女として何も言えなくなった。
オッサンは男でありながら、何が言いたいのか理解したらしい。
「ははーん。なるほど」
「んだよ」
「つまり、あれですな。今までは自分とショタっ子だけだったのに。ある日、いきなり半裸の女が目の前に現れて、愛しのショタっ子から別の女の香りがすることに、イラっときたのかもしれませんな」
「あたしは、何もしてないぞ」
「いやいや。オラには分かりますぞぉ。……ほら」
視線でブナを差す。
チラリと後ろを見ると、ブナはずっとレイアのお尻を眺めていた。
見た事もない大きな尻が目の前にあるため、気になってしまうのだろう。
オッサンのように露骨ではないが、黙って眺めている。
「巨尻が目の前にあったら、男は見ます。オラは見る。しかも、ギチギチにパンツが食い込んでるので、ええ、眼福ですな」
「ブナ。前を歩け」
「え⁉」
いきなり、前を歩かされ、ブナはビクリと震える。
「どうしたのさ」
「……いや。別に」
前を歩く小さな頭を見て、レイアは嘆息した。
年頃の男を相手にするのは、何かと気を遣ってしまう。
ていうか、シスターの存在がチラついてハラハラしてしまうのだった。
「ねえ。姉ちゃん」
「ん?」
「なんかさ。周り、蜘蛛の巣すごいね」
「別に変じゃないだろ」
「オイラ。森の深い場所には潜ったことがないけどさ。外って、あんまり蜘蛛の巣見かけないんだよね」
蜘蛛の巣は普通に張られてたりするが、森に行けば行くほど、実は見かける機会が少ない。むしろ、家屋の方が多いくらいだ。
「シスターがさ。危なくなったら、蜘蛛の巣に隠れてって言ってたんだ。あれ、どういう意味だろう」
「蜘蛛が守ってくれるとか?」
「えぇ? 蜘蛛って、……ちょっと……気持ち悪……」
レイアは後ろから抱きしめるようにして、口を塞いだ。
「もがっ!」
「蜘蛛は、神聖な生き物だぞ」
「むぐ……」
「別にキモくはないだろう」
手を離すと、ブナは顔をしかめた。
「まあ、逃げたりはしないけどさ。オイラだって、普通に蜘蛛と遊ぶ時あったし。でも、見た目は……」
「ブナ」
頬肉を摘まみ、レイアは複雑な表情になる。
「もしも、……メスの蜘蛛がお前を好きになったら?」
「えぇー……」
「嫌そうな顔をするな」
「じゃあ、姉ちゃんはオスの蜘蛛に好かれたらどうするの?」
「殺すに決まってんだろ」
「ほらぁ!」
やり取りを眺めていたオッサンは、二人を交互に見つめた。
しばらく考え込んでいたが、ハッとした顔になり、ブナを見つめる。
(待てよ。あの、イチャイチャぶり。……そうか。前に言ってたな。この子は宇宙の意思に愛されている。……待て。あのお方、自我はないはずだろう。え? ウッソだろ⁉)
蜘蛛に好かれて笑う人間は少ない。
悲しいが事実だ。
(超常的存在と……おねショタ……。ふむぅ。……これ……世界滅ぶぞ)
最早、使族とか人間とか。
種族の垣根が関係ない問題だ。
オッサンは「ならば」と自分を奮い立たせ、ブナの肩に手を置いた。
「少年。蜘蛛はいいぞぉ」
「オッサンまで……」
「ふふ。まあ、聞け。蜘蛛というのはだな。手がたくさんあるだろう」
「うん」
「あの手で、全身をマッサージするんだ」
「また……エロい方に持っていくぅ……」
子供は残酷だった。
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