空魚プリメラ
グレル湖に着いた面々は、姿勢を低くして周囲の様子を窺う。
「……さて。どうするか」
「意外と湖は浅いですな。膝くらいまで、といった所ですぞ」
グレル湖の周辺で、地形の盛り上がっている場所があった。
高い位置から見下ろせるために、レイア達はこっそりと移動し、湖を一望しているわけだ。
景色の美しさは圧巻の一言に尽きた。
太陽光が当たる事で湖面は煌めき、本当に湖の底が覗ける。
湖の中にある小岩などの陰では、集団で泳ぐ魚の姿が確認できた。
特徴的なのは、湖の真ん中に生えている数本の木か。
背の高い木で、季節が温かいものだから、木の葉が黄色く変色して、微風が吹くことでサラサラと揺れている。
オッサンが言うように、湖は意外と浅い。
計る材料としては、木と小岩か。
木は根元の近くまで水がきており、小岩は上の方が湖面から顔を出していた。
(相手は人魚って言ってたな)
まずは、相手を見つける事から始めないといけない。
耳を澄ませてジッと待つが、これまた意外な事に環境音がうるさかった。
小鳥のさえずり。
風が吹くことで湖面が波打ち、何度も水の跳ねる音が聞こえる。
歌声なんて聞こえやしない。
「……どこにいるんだよぉ」
「まあ、まあ。ここは、のんびり待ちましょう」
二人は仰向けになって、空を眺めた。
敵のいる場所とは思えない穏やかな時間が流れている。
「ん。おしっこ」
「……オッサン。ついていってやれ」
「いいよ。近くでやるから」
ブナはリュックを置いて、小走りで緩やかな坂を下っていく。
レイアが上体を起こせば確認できるくらいの近場に立ち、ブナはズボンを下ろす。
茂みに向かって用を足している所を一瞥して、レイアは顔をしかめた。
(あぁー、カーネーション作りたい……)
レイアの趣味だ。
見た目に似合わず、花を使って遊ぶのが好きだったりする。
花の種類は全部ではないけど、他人より物を知っている方だ。
かつての仲間と一緒に戦っていた時には、束の間の休憩で花を眺めていたのは良い思い出。
「ところで、レイアさんや」
「んだよ」
「あのシスター。結局、少年とはどういう関係になりたいんでしょうね」
「また、その話か……」
「男としては気になる物です。ていうか、世界の命運が思わぬところにあった事実にオラは驚愕ですぞ」
嘆息して、レイアは言った。
「あたしらが変に関わらなきゃいいんだよ」
嫉妬を煽る真似さえしなければ、世界は安泰だ。
「ふむ。それと、もう一つ」
「今度はなんだい?」
「……少年は……どこに?」
「は⁉」
上体を持ち上げ、下り坂の真ん中ら辺を確認する。
先ほどまでブナが立ちションをしていた場所だ。
「あれ⁉ ブナ!?」
少し目を離した隙に、ブナは忽然と姿を消していた。
二人の頭にはシスターの姿が浮かび、「やべっ」とブナのリュックを持って、同時に立ち上がる。
「ブナぁ! どこだぁ!?」
ブナの立っていた場所には、小水で濡れた葉っぱだけが残っていた。
*
グレル湖のどこかでは、ブナが口をあんぐりと開けて放心している。
「え?」
どこかの岸辺にいるようだった。
目の前には、相変わらず綺麗な水色の湖面が広がっている。
相当大きな湖のようで、ブナのいる所は川のように、ずっと他の場所にまで続いている。
何より、ブナが驚いたのは目の前の変な物体。
「♪」
「……え、誰かいるんですか?」
「~♪」
言葉ではない。
だが、クスクスと笑う声だけが聞こえる。
目を凝らすと、目の前の空間が微妙に歪んでいた。
例えるのなら、レンズ。
背景に同化しているが、微妙にズレがあって、奥の背景が魚眼のように歪んでいるのである。
まさか、目の前にいるのがプリメラだとは思わないだろう。
(うわぁ。透明な陶器みたいだ)
見た事がないほど、美しさと艶がある女性の肉体。
しかも、透明だから奥の景色が見える。
(あ、レンズで覗いてる感覚だ)
豊満な肉体の形に歪んでおり、髪の毛のある部分は、いくつもの綿が束になって、ふわふわと漂っているみたいだった。
まるで、歩く透明陶器。
人魚と言った通り、尻から下は魚のように円錐状の形をしていて、一番下にはヒレがあった。
「な、何が目的?」
「~~?」
「えぇ? 聞こえないよ」
耳を澄ませるが、何を言ってるか聞こえない。
口から空気の漏れる音は聞こえるが、喉に何かが詰まったかのような変な喋り方だった。
「喋れないの?」
「~」
目の前を注視すると、透明な影は頷いた。
魚眼のような歪みが近づいてくると、スルスルとブナの体を這い、ピッタリと後ろにくっ付いてきた。
「~~❤」
頭を撫でられ、ブナは余計に訳が分からなくなった。
悪い子ではないみたいだが、長居はできない。
「ごめんよ。オイラ行かないと」
「っ」
「ちょ、離し……、力強いなぁ!」
首に腕を回され、ブナは身動きができなくなった。
きっと、レイアは心配しているに違いない。
だが、身動きができないのでは、どうしようもない。
ブナは頬に冷たい感触を感じ、グリグリと頬肉を潰されながら、どうしたものか考えた。
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