オッサンといっしょ
シスターが夕飯の準備をしている間、ブナはオッサンと一緒に公園にいた。公園にはベンチがあり、砂場がある。
オッサン一人だと、不審者に間違えられるが、今はブナが一緒なので変な事はない。というか、誰もオッサンの事を使族として見ていないのが、不思議で仕方なかった。
「おぉ。子供が騒いでらぁ」
「子供好きなの?」
「ふふ。子供はいいぞぉ。無邪気だからな」
周囲の親は、オッサンの事を警戒している。
すぐにでも飛んでいけるように、子供の近くでスタンバイしていた。
「オッサンって、何か変だよね」
「変とは?」
「使族って、怖い奴ばかりだと思っていた」
オッサンは股間を掻きむしりながら、にっこりと笑った。
「大半は怖いぞ。オラ達の上は、人間で言うところの使者だ。逆らえない」
爪を立てて掻き過ぎてしまったのか。
オッサンは、ガリぃっという音と共に、尻を浮かせた。
「くっ。……だが、オラは嫌だ」
「お、オッサン……」
股間を押さえるオッサンは、額に大量の汗を浮かべている。
獣のような視線を子供たちに向けると、親たちが庇うようにして、どこかへ連れて行ってしまった。
「ある時ぃ、……気づいたんだ」
「うん。あの、大丈夫?」
「人間だけじゃない。創られた、オラ達も。みんな、初めから自由だった。こんな当たり前のことに、今さら気づいたんだ」
ブナは公園の端っこにある井戸に走っていく。
火事などがあった時に、避難場所として公園があるため、消火用の水などが設置されている。
井戸の桶で水を汲み、傷口を洗おうと運んでくる。
「いいか。少年。子供ってのは、未来そのものなんだ」
「うん。まず、手と、その、……股を洗った方が……」
何とは言わないが、指先に付着した何かを見て、ブナは心配した。
オッサンは晴天を仰ぎ、未だに自分語りをしている。
たぶん、気を紛らわせるためだろう。
「どこの人、とか。どの種族、とか。そんなもん関係ない。子供は、子供だ。無垢だからこそ、目の前のことをありのまま信じてしまう。親や周りの言う事を鵜呑みにしてしまう。だから、オラが守ってあげないといけないんだ」
ブナはしゃがみ込んで、オッサンの股座を覗いた。
「どこ、やっちゃったの?」
「ここ」
腰蓑を持ち上げ、オッサンが指を差した。
特定の部位に傷がついた光景は、ブナにはショッキングだった。
だが、放ってはおけず、まずは桶を持って手だけを洗わせる。
「病院行こ。お金、少しならあるから。ね?」
「……うん」
がに股で立ち上がり、桶の水はその辺に捨てた。
適当に戻してくると、オッサンの手を引いて、病院がある方に二人で歩き出す。
オッサンは顔が左右に震えており、今にも死にそうだった。
「ところで、少年」
「な、なに?」
道端に垂れる、赤い跡を見て、「うわ」と声を上げてしまう。
「教会にいたシスターとは、どのような関係で?」
「あぁ。オイラ。孤児だから。面倒見てもらってる」
「ほほう。では。お風呂も一緒かな?」
「前はね。でも、シスターは入らないんだ」
「……む?」
オッサンは自分の股から垂れる液体を見て、全てを諦めた顔になった。
路上で立ち尽くし、しかめっ面でうな垂れる。
「ふぅ。……マジか」
「ほら。早く。歩いて」
「急かすな。とりあえず、話の続きだ。気が紛れる。シスターのおっぱいは見たか?」
死ぬ数秒前の顔で、そんな事を聞いてくるのだ。
「見たことないよ」
「お風呂に入ってるのに?」
「シスターは脱がないんだ」
「……ふむ」
正体は知っている。
だが、恐ろしすぎて、凝視したことはない。
オッサンからすれば、どのような肉体をしているのか知的好奇心があった。
「でも、シスター変わってるんだよね。お風呂入らないから、汚いはずなのに。臭くないし。ずっと良い匂いする」
「ほう」
「お花みたいな匂いするんだよ」
「お花……」
「うん。甘ったるくて、どこかで嗅いだことのある匂いなんだ。確か……、棺桶だったかなぁ」
「それ。花じゃなくて、……死臭……」
「あ、ここ!」
言い終わる前に、目的地にたどり着いた。
ブナが小走りで病院の入口に向かい、扉を開けて「すいません!」と叫んだ。
(この分だと、何も知らないのか)
股に熱いものを感じながら、オッサンは腕を組み、考えた。
(使者の中で、最も恐ろしい方だというのに。ふむ。この様子だと、敵として立ちはだかる事はなさそうだ)
オッサンは外に出てきた男の看護師に肩を貸され、病院の中に運ばれていく。傷の手当てで、地獄の苦しみを味わったのは言うまでもない。
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